どうして、どうして、どうして。

 

 

 

 

 

もし、それが自分を害する目的でやってきた侵入者だったとしても。

 

高度な技術を持っていれば扉を開け、…なければ最悪、扉を壊して入ってくるものだと思っていた。

そもそもこの廃屋に見せかけた隠れ家は窓を極力少なくしてあり、あっても防弾使用の強化ガラスだ。

 

だからこそ侵入経路が限定され、こちらとしても対策を取り易いようになるというもの。

 

 

――――だった、のに。

 

 

目の前にもうもうと広がる粉塵に、ハルは思わず立ち竦んだ。

粉々に吹き飛んだ壁。冷静な判断力や、逃げるという選択肢さえも頭から奪っていった強い力。

 

 

(ど、…どうし、て)

 

 

そして何よりも心を掴んで離さなかったのは――――煙の向こう側に薄らと浮かび上がる、見慣れた影。

たとえどんなに酷い人混みの中でだって直ぐに見つけることができた、“彼”の――――

 

影がゆらりと動いた気配を感じてハルは後ずさる。これは夢の続きだろうか。それとも、願望が見せた幻?

 

突然の驚きは意味のない焦りに変わり、思考が止まった頭は今唯一現実と感じられるモノに望みを託した。

 

 

 

「う、動かないでください!」

 

 

 

震える声と共に銃を構える。すると影はぴたりと動きを止め、首を傾げる様子を見せた。

そのまま何とか追い返したい一心で言葉を重ねる。この影が誰なのか、何をしに来たのかを気付きたくなくて。

 

 

 

「不法侵入ですっ!う、訴えますからねっ?!」

「…………………」

「今すぐ出て行ってくれたら許してあげます!とってもリーズナブルな条件ですよ!」

 

 

 

自分でも馬鹿な事を言っている自覚はあった。でも強気を保とうとしなければ、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

煙が一言ごとにどんどん薄れていく。………一番会いたくて、一番会いたくなかった人の姿も、見えてくる。

 

 

“彼”、は。

イタリア随一を誇るボンゴレファミリー十代目ボス、沢田綱吉は。

 

 

軽く首を傾げたまま、笑いを堪えてか口元に手を当てて、当然のようにそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いつも侵入者に、こんなこと言ってるの?リ、リーズナブルって」

 

 

 

ぶはっと遠慮なく吹き出して笑い声をあげる綱吉。その姿に訳もわからず顔が熱くなるのを感じていた。

その瞳には翳りなど見受けられず、いっそ晴れやかな表情が浮かんでいる。

 

 

 

「しかも銃構えながら言う台詞じゃないよね。・・・あ、もしかしなくても驚かせた?」

 

 

 

まるで何もなかったかのように。普段の日常が今も続いているのだと、勘違いしそうになるくらいに。

 

 

(いつもの、ツナさん、です……)

 

 

皆の前から逃げ出して、ほんの数時間しか経ってない。それなのに一体彼に何があったのだろう。

それとも自分が居なくなったことで、救われたということなのか。だったらなぜ、追いかけてきたのだろう?

 

第一この場所は誰にも漏らしたことがないはずなのに、どうしてこうもあっさりと見つかってしまったのか。

 

 

疑問は増えるばかりで、答えは一向に出ない。

悶々と悩むハルを尻目に彼は笑いを止め、少し真剣な顔で口を開いた。

 

 

 

「でもさ、本当に強盗だったらどうする気だよ。危ないだろ」

「し、失礼ですね!普通の強盗は、ここまで入ってなんかこれませんっ」

「ああ、そっか。俺、壁壊しちゃったんだっけ」

 

 

 

ごめんごめん。

そう言ってあっけらかんと破壊行為を認め、また笑う綱吉を、ハルは信じられない思いで見つめていた。

 

 

本当に、あの日が来る前の沢田綱吉そのものだった。いや、もしくはそれよりももっと性質が悪い気がする。

それに嬉しさを覚える反面、自分では戻せなかったという事実がハルに重くのしかかる。

 

言うべき言葉が見つからなくて黙り込むハルに気付いているのかいないのか。

綱吉は、明るい笑みを浮かべたまま、また一歩こちらに近づいてくる。

 

 

 

「隠れ家ひとつ駄目にしちゃったのは謝るよ。でもこうした方が確実だと思ったんだ」

 

 

扉の赤外線センサーに気付いた時には本当に焦ったよ。お陰で思い出せたけど。

 

 

「いつか疲れてた俺を励ますために、隠れ家に連れて行ってくれただろ?その時に色々聞いてて良かった」

 

 

 

外のトラップ。防弾ガラス。扉の細工に、廊下に仕掛けられた数々の警告機――――

そして、必ず用意されている『外』への抜け道。

 

道中の諸々は逃げる為のものだ。つまり、逃げ出すタイミングを、住人に教えてくれるもの。

 

 

 

「思い出さなきゃ、馬鹿正直に扉を壊して入ってきてただろうね。……逃げられただろうけど」

「………………っ」

「まあ、そうなったとしても追いかけるよ?もちろん」

 

 

―――だから。

 

 

珍しく饒舌な綱吉に釘付けになっていたハルは、柔らかい言葉と共にいきなり銃を奪われて愕然とする。

手の届く距離にもう、彼がいて。その片手にもぎ取ったそれを持ち、―――残った距離を一気に詰めて来た。

 

 

 

「ハル」

 

 

 

音が、耳元で弾ける。いつだってそう、呼んでくれたけれど。

得体の知れない何かを感じ、身を引こうとしたその身体ごと引き寄せられ、ハルは思わず目を瞑った。

 

 

訪れた暗闇の中で、体温と、吐息と、彼の声だけが木霊する。

 

 

 

「――――やっと、見つけた」

 

 

 

 

雨の、音がする。