報告しなくちゃいけないのに、言葉が喉に詰まって音にならなかった。

 

今の状態を彼らに知られるのが嫌で、―――それが物凄く情けなくて。

 

 

 

 

 

 

『―――・・・・・・・・・・・―――!・・・・』

 

 

 

携帯を耳に当て良く聞くと、電話の向こうは完全な静寂ではなかった。

声、らしきものが聞こえるけれど・・・・・何を言っているのかわからない。電波が弱いというわけでもないのに。

 

この際誰でも良いから、きちんとした声が聞きたかった。誰かと会話したかった。

 

自分はちゃんと生きているのだと―――――確認したかった。

 

 

ハルは自らの中に生まれた恐怖を誤魔化すように、殊更声を張り上げる。

 

 

 

「ひ、雲雀さん?・・・何か言ってください・・・・って、はっ!まさかこれは新しいお遊びか何かですか!」

 

『・・・・・・・・・・・・・・ちょっと』

 

「イタ電なら私よりも、獄寺さんの方が良いと思いますっ」

『聞いてるの、ハル』

「あ、漸く喋ってくれましたね!雲雀さんがドSなのは分かってますけど、放置プレイなんかしちゃ駄目ですよ?

でも私はツナさんみたいに広〜く寛大な心で許してあげます。感謝してください!」

 

 

『・・・・・何言ってるのか分からないけど、僕に喧嘩を売るなんて良い度胸だね』

 

「はひ?!」

 

 

 

この時、自分でも何を口走っていたのか正確には覚えていない。ただ、声が聞こえて。それだけで嬉しくて。

じわりと滲んだ視界。それでも止まらない身体の震えを知られたくはなかったから、必死で堪えた。

 

 

――――そうしなければ、雲雀の迷惑も考えずに泣き喚いてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

「え、えーと喧嘩云々は置いといてですね。雲雀さん、一体何の御用ですか?」

 

 

 

私、何かしちゃったんでしょうか?とハルは恐る恐る問い掛ける。

今の状態で怒られたら、どんな理不尽なことを言われても謝ってしまうかもしれないと思いつつ。

 

ハルはちょっぴり苦笑して、来るであろう次の衝撃に『来るなら来いです!』と身構えた。

 

 

 

 

が、しかし。待つこと数秒の後。

 

 

携帯の向こうから聞こえてきたのは、怒声でもなく嫌味でもなく、大きな大きな溜息だった。

幾分疲れたような色が強いそれ。嘆息交じりに雲雀は言葉を続ける。

 

 

 

『・・・・・君、それ本気で言ってる?』

「えっ・・・」

 

 

 

彼のその言葉が何を意味するか分からなくて、ハルは一瞬戸惑った。

理解できていない自分を皮肉っているようにも取れるが、そこは長年の付き合いである。そうではなさそうだ。

 

皮肉り嘲る色や普段の不機嫌さは鳴りを潜めているし、・・・・じゃあ、もしかして、怒ってない・・・・?

 

 

 

「それじゃ・・・あの、何か緊急の連絡事項ですか?」

『・・・・・・・・・ふぅ』

 

 

 

更に深い溜息を吐かれた。それはもう心底呆れたと言わんばかりである。

怒ってないなら単にこちらを揶揄っているのだろうか、今どんな状況かも知らないくせに――――

 

荒んだ心にそんな言葉が浮かぶ。

 

 

恐怖を無理に押し隠そうとした反動から来る、ただの八つ当たりだって、わかっていた。

 

 

 

 

「ああもう一体何なんですか!雲雀さん、言いたい事があるんでしたらはっきりと・・・・・っ」

 

『君さ。今日が定例会議の日だって分かって言ってるの、それ?』

 

 

 

まさか忘れてたなんて言わないよね?本気で忘れてたとか言ったら咬み殺すよ?

 

 

 

間。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ。」

 

『・・・・・・・・・・・へぇ?』

 

 

 

間。

 

 

 

「も、もも勿論忘れてませんよ!当たり前じゃないですかそんな定例会議なんて大事なこと、ボンゴレ情報部主任を

務めるこの三浦ハルが忘れるとかそんな真似、よぼよぼのおばあちゃんじゃあるまいしっ!!」

 

『―――やっぱり忘れてたんだ』

 

「違いますっ!忘れてたわけじゃなくてですね、何と言うかその、頭になかったんです!」

『それを世間では忘れてるって言うんだよ』

「いえ、ですからっ・・・・」

 

 

 

( 定 例 会 議・・・!そんなそんな、どうしましょう、すっかり頭から抜けちゃってました!)

 

 

 

しかも今回は情報部がメインの会議だった。情報部代表の自分が行かなければ会議自体が始まらない。

さっと血の気が引くのが分かる。慌てて腕の時計を見やると―――もう既に、開始予定時間を大幅に過ぎていた。

 

 

 

『・・・・ハル?で、一体何処で道草食ってるの』

「え、あ、その・・・・・・すっ、すみません!兎に角すぐそちらに向かいま・・・・」

 

 

 

そこまで口走ってから漸く今の状況を思い出して、ハルはふと黙り込んだ。目の前に広がる単調な景色。

駄目だ、直ぐには行けない。ここからボンゴレへは一時間以上も掛かってしまう。会議どころではないのだ。

 

ああ、やはりここは素直に腹を括って事情を説明して、迎えに来るなり何なりしてもらわなければ――――――

 

 

自分のあまりの情けなさにきゅっと唇を噛み締めた、その小さな背中に。

 

 

 

「おい、そこで何してる?」

 

 

 

男の―――低い声、が。