熱い、苦しい、―――熱い。

 

 

 

 

 

 

抱き締められているのだ、と気付くのにどれだけ長い時間を要しただろう。

 

伝わる体温が怖くて。彼がここに存在する、それが本当に現実だったと分かってしまって。

 

 

 

「―――ハル」

 

 

 

びくりと肩が跳ねる。その動きを咎めるかのように彼の力は強くなり、余計息苦しさが増した。

呼吸することすら憚られる静寂の中で、己の名を呼ぶ声だけが響いている。

 

目の前には広く温かい胸板。ハルの全身を覆い隠せるほどの大きな身体と、背中に回された腕。

 

 

(・・・・・ど・・・し、て。こん、な・・・・っ)

 

 

触れあっている場所を意識した途端、体中が灼熱を帯びたような感覚に襲われた。

頭の中がパニックになってとにかく一歩下がろうとしたが、果たせない。強い力で引き寄せられ戻らされる。

 

ハル、と耳元で囁かれる。聞いた事がないくらい柔らかく、しかしどこか逆らえないような声音。

 

 

―――まず震え出したのは足からだった。次いでその震えは全身へと回り。

 

 

 

後ろに下がることを許されず、横も腕に阻まれたハルは耐え切れなくなったように床へと座り込んだ。

 

 

 

「っ、ハル!大丈夫か?!」

 

 

 

慌てたような声が、大切な記憶と余りにも重なりすぎて涙が零れそうになる。

 

全てをかけてぶつかって、否定も肯定もされなくて、結局何も変えられなかった自分。

だからせめてと逃げ出して・・・・・・・この先、一人でもちゃんと生きていこうと決心した。

 

 

なのにどうして彼はここに居るのだろう。どうして、そんな晴れやかな顔で笑うのだろう。

 

どうして、そんな声で名前を呼ぶのだろう。何かを慈しむような・・・・そんな、優しい声で。

 

 

 

 

今更なのに。もう終わったのに。全部全部、終わってしまったのに―――――!

 

 

 

 

「・・・・・何しに、来たんですか」

 

 

 

へたり込んだまま、床に視線を落として問いかけた。笑えなかったから。笑顔を作る気力さえ、なくて。

しかし幾分突き放したようなそれに動揺する様子もなく、綱吉は自らも床に膝をついてそっと髪に触れてきた。

 

 

 

「君に、言いたい事があるんだ。いや・・・伝えたいこと、かな」

「・・・・・・・・・」

「ああ、それも違うか。―――君に、伝えたかったことが、あって」

 

 

 

虫の良い話かもしれないけど、聞いて欲しい。

 

有無を言わせぬ口調、それでいて懇願するように請われて、頷く以外の何が出来ただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと、好きだった。日本に居た頃から、ずっと見ていた。

 

だから彼が誰を好きだったのかは知っているし、こちらに気持ちが向いていないのも分かっていた。

それでも止められないのが恋心、といったところか。曖昧な態度に甘えていたと今は認めることができる。

 

 

ずっと、好きだった。イタリアに来てからも、ずっと見ていた。

 

綱吉の態度に一喜一憂したことなど数知れず、報われたいと思ったことは・・・正直何度もある。

海を渡って、“彼女”と離れて。一番近くにいる女性は自分だと、自惚れていたこともあるかもしれない。

 

 

(たとえ女として見てくれなくても、傍に居られるなら―――)

 

 

そうやって嘘と言い訳を繰り返して自身を誤魔化して。そして終に迎えた崩壊のとき。

別れに対する深い悲しみと苦しみの中に、ほんの一握り。楽になった、と、そう思った部分もあって。

 

何年も何年も何年もずっと報われない恋をしてきたことに、疲れていたのだと、知った。

 

 

到底口には出せない、ハルの我儘。

 

 

 

好きになって欲しいなんて、そんな、傲慢なこと―――――

 

 

 

 

「――――好き、なんだ」

 

 

 

 

世界が、時を刻むのを止めたような気がした。

 

言葉に秘められた強い意志。状況も体勢も何もかも忘れて、ハルは呆然と目を見開く。

 

 

 

「俺は、ハルが――――好きだ」

 

 

 

頭上から降る言葉は甘く、優しく、それでいて耳を塞ぐことを許さない力に満ちていた。

 

 

 

「ずっと言えなかった。気付かないふりをしてた。多分俺は、ハルの優しさを利用してたから」

 

 

 

そっと再び抱き締められる。流されて身を任せるも、伝わる熱に眩暈を起こしそうだった。

 

 

 

「ハルの笑顔が、救いだった。逃げ出したくなるときも、いつも支えになってくれてた」

「―――――――」

「だからずっと笑ってくれればいいと思ってた。俺の近くで。・・・・俺の為に」

 

 

 

我儘だよな、と彼は自嘲する。何かを言いたいのに喉が詰まって話せなかった。

言葉がどうしても出てこない。思考が全く働いてくれない。まるで神経が途切れたかのように。

 

 

 

「そう思う理由なんて、普通分かりきったことなのにな。リボーンに言われるまで考えもしなかったよ」

 

 

逃げていただけ。甘えていただけ。変化を恐れて、動こうとしなかった。

 

 

「でも漸く気付けたんだ。今更だけど、言わせて欲しい」

 

 

(そんな、こと)

 

 

「―――君が好きだよ、ハル」

 

 

(だって、それは)

 

 

「だからどうか、」

 

 

 

 

「――――――っ、嘘です!」

 

 

 

 

拒絶するしか、なかった。