―――足掻いたって駄目、逃がさない。

 

 

 

 

好きだ、と。

言葉にしてしまえば、本当に簡単なことだった。何故今まで気付こうとさえしなかったのか。

 

 

(たぶん、自信がなかったからだと思う。覚悟も出来ていなかった)

 

 

彼女の想いを受け止める覚悟。彼女を守る自信。そして・・・好きになるのにも、覚悟が必要だった。

自分が一般社会で生きる普通の人間だったなら、そうじゃなかった。でも現実はマフィアのボスだ。

 

イタリアにまでつれて来ておいて、それでもまだ躊躇った。自分が思っていた以上にこちらの世界が深かったから。

 

 

でも結局―――気付いてしまった。ハルが傍に居なかったら、世界が色褪せてしまうことに。

 

 

 

「なあ、ハル。俺のこと、本当に優しいと思ってる?」

 

 

 

押し倒した身体にそっと触れて、出来る限り柔らかな声で囁く。滲み出る怒りは隠せていないと知っていた。

だがハルはそれを物ともせず強い視線で綱吉を見上げてきた。はっきりとした意思を感じる、生気に溢れた、瞳。

 

ほんの少し震えていることには気付かない振りをして、促すように笑ってみせる。

 

 

 

「・・・っ、優しい、ですよ。そんな、昔からツナさんは変わってません!」

「本当に優しい人間は、誰かを閉じ込めたりはしないよ」

「違います!優しいです!だから―――だから、私を守ろうとして」

「外から鍵を掛けてまで?」

「あれは、情報部主任が負傷したのを周囲に知られたらまずいからです!」

 

 

 

微塵も疑っていない顔でハルは叫ぶ。この状況にだって、怯えていないわけではないだろうに。

ただただ、沢田綱吉を信じている―――そう強い思いが伝わってきて、情けないことに一瞬、視界が揺らいだ。

 

何度か瞬きをすることでそれを誤魔化しながら、綱吉は言葉を続けた。

 

 

 

「本当にそうかな。だったら、記憶を奪う必要があったと思う?」

「それだってツナさんが私を心配してくれたからで―――」

「心配?ああ確かに心配だったよ。ハルがボンゴレから出て行くかもしれないことが、何よりも怖かった」

 

 

 

今まで誰にも吐露したことのなかった本音を、今、衝動のままにぶつける。

彼女が受け止めてくれるかどうか、なんて。そんな自信もないくせに。彼女を見ていると止まらない。

 

 

 

「―――君を、信じてなかった」

「・・・・ツナ、さん」

「耐えられる筈がないと、思い込んでた。ハルが覚悟してたってことも、全然知ろうともしなかった」

「いいん、ですよ?だってそれは、私が勝手にしたことで。勝手に思って―――」

「っそうじゃないだろ!」

 

 

 

目を逸らそうとしたハルの顔ごと両手で包み込んで、こちらに無理矢理向かせた。

ひどく驚いたような様子を見せることに心が痛む。綱吉は雨の降る中で、彼女の本音を聞いている。

では今ハルを覆う嘘の鎧は何なのか。何を、守っているのか。

 

 

(もう一度だけでいいんだ。頼む、頼むから)

 

 

もういちど、その心に触れさせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時は、どんな叫びも届かなかったというのに。何度訴えても、虚空に響くだけだったのに。

逃げるために発した言葉は全て受け止められてしまった。そして更に奥へ奥へと入り込んでこようとする。

 

 

 

「でも私がそもそも無理についてきたから、足手まといになって、ずっと、今も」

「情報部主任になっただろ?それだけでも来た意味は十分ある。ボンゴレの力になってくれてた」

「私は――ツナさんの力になりたくて、」

「なってくれたよ。俺がどんなに救われてたか、ハルは知らないだけなんだ」

 

 

優しい、優しい、声。

 

 

「うそです!」

「―――信じて」

「・・・・・っやめ、・・・!」

 

 

 

耳を塞ぎたいのに、彼の体が邪魔をする。大きな掌で包まれた頬が熱くて熱くて仕方がない。

好きだったから。どうしようもないくらい、好きだったから。苦しくて嬉しくて、やっぱり苦しい。

 

彼が嘘を吐いているとは思わない。でも、持ち前の優しさゆえにそう“思い込む”ことならできるだろう。

 

 

(今、ツナさんの手を取って戻っても、・・・・また同じことの繰り返しです・・・・!)

 

 

流されてはいけない。自分自身の為にも、―――彼自身の為にも。

 

 

 

「   、です」

「え?」

 

 

 

手を、ぐっと握り締めて。歯を、食いしばって。震える喉から、心から、最後の嘘を搾り出す。

何度も声にならずに消えていった。それでも、伝えなければ。ここで諦めたらこの先一生後悔する。

 

手首と肩の傷が今更ながらにじくじくと痛み出して、目の前が歪んだことで初めて、自分が泣いているのだと気付いた。

 

 

 

「――――きらい、です」 すき。

 

 

 

ハルがこれから綱吉を嫌いになることなどありえないだろう。たとえどんな事があったとしても。

いつか誰かに殺されても。・・・・・・その相手が、彼自身でも。彼を嫌いになることだけはないと、命を懸けて言える。

 

 

 

「ツナさんなんか、だいっきらいです」 だいすき。

 

 

だから。

 

 

「もう、自由に―――」

 

 

 

言い切る前に、唇を塞がれた。