一体誰だ、こいつをこんなのにしやがったのは!
青に、溶ける
正直、この短時間でハルを見つけたのは予想外だった。彼女の用心深さは知っているつもりだ。その能力も。
そしてちゃんと告白したのも褒めてしかるべきかもしれない。きっちり『好きだ』『傍にいて欲しい』と伝えている。
ここまでは及第点だった。……状況を十年放置したダメニブツナにしては良くやった方だろう。
だが肝心の、それこそ最大の問題点だとも言えるハルからの返事を、こいつは―――!
「返事…?………あ、そういえば」
「おい、何だその軽い言い方は。そういえばで済むか!」
「うん。でも大丈夫だよ、リボーン」
「なんだと?」
キスごときで我を忘れるなんてお前はどこの中学生だ、と内心思っていたリボーンは、耳に届いた言葉に眉を寄せた。
自信たっぷりな声音。揺るぎない信念に基づいているかのような、不思議な色を纏う。
どこか余裕さえ感じられるそれは、綱吉の顔に浮かぶ柔らかな笑みと相まって部屋に奇妙な静けさを齎した。
―――以前のような、今にも壊れてしまいそうな雰囲気はない。何かを思い詰めている様子も、ない。
何よりその瞳を見れば明らかだった。強くて真っ直ぐな光が宿り、そういう心配は必要ないと雄弁に語っている。
「ハルが俺を好きなこと、……誰より知ってるから」
溢れんばかりの優しさを詰め込んで、綱吉は笑う。あの日、ハルがそう望んだように。
って、いや、だから―――待て!
「その妙な自信は一体どこから来るんだ、言ってみろ」
「え、ボンゴレの血から?」
「…………お前、喧嘩売ってんのか?」
「違うって!実際そうだし!」
銃を向けてやれば途端にダメツナに戻るのに、頑固に今の発言を撤回しようとはしない。
単なる妄想だと断言できないのは、何故だ。ボンゴレの超直感という力が凄まじいことを知っているからか。
(普段なら“恋は盲目”、何でもピンク色のフィルター掛けるなって殴るところだが………)
それにしてはあまりにも綱吉の態度が穏やか過ぎて、リボーンは訝しげに思いながらも黙るしかなかった。
びしばしと不審気な視線を送ってくる家庭教師に苦笑しながら、綱吉は横たわるハルに視線を移した。
思い返してみれば、この十年、いつも『好き』だと言ってくれていたように思う。
冗談混じりに、少し真剣に、笑いながら、泣きながら、怒りながら。多分あらゆる感情と共に。
―――そう、だからこそ、あの言葉が心の奥深くまで響いたのだ。
『嫌い』『大嫌い』 その短い音の中に込められていた強い強い想い。それに気付かないわけがない。
(あれって、愛の告白だよな………)
超直感などなかったとしても、分かるほどに。ハルはあの時、自分がどんな表情をしていたのか知らないのだろう。
それにつられて思わず唇を奪ってしまった。もっとも、その言葉自体に傷付かなかった訳ではないけれど。
「まあ、でも。……起きたらもう一度、告白するよ」
「断られたらどうする気だ。また閉じ込めるのか?」
「まさか。それにそもそも、断られることなんかないって」
「…………。もういい、勝手にしろ………」
心底呆れたような、いや、疲れたようなリボーンの溜息を背に、綱吉はまたハルの顔を覗き込んだ。
なあ、ハル。だから早く起きてくれないか。今度はちゃんと目が覚めるまで、ずっとずっと傍にいるから。
「―――綱吉が帰ってきた?ハルを連れて?」
「ああ、ハルは今あいつの部屋で休んでる。会議には間に合いそうだ」
「ふぅん……説得出来たんだ。驚いたね」
「……そいつは、どうだかな」
執務室に呼び出された雲雀はボスの帰還を知らされた。しかしそれを語るリボーンは憮然としていて、様子がおかしい。
連れて帰ってきたということは、説得出来たということだろう―――そんな疑問が頭をもたげる。
敏い少年はすぐ気付いたのだろう。はっと皮肉気に鼻で笑いつつ、彼は低い声でぼそりと吐き捨てた。
「押し倒してキスしたら気絶したそうだ」
「は?」
無意識に素っ頓狂な声が口から洩れた。キス?気絶?何の話をしているのか、意味が全く分からない。
しかしリボーンはそれに一切構うことなく言葉を続ける。苦々しい表情を隠しもせずに。
「多分酸欠かなんかだろ。ツナが相当夢中になってたらしいからな」
「………………」
「で、会議に遅れないようにそのまま持って帰って来たんだと。だから部屋に寝かせてある」
「……君、何言ってるの?」
「純然たる事実だ。ふざけた話だが、な」
何度鉛弾を撃ち込んでやろうと思ったことか。そう呟く彼の手の中の銃が、みしりと嫌な音を立てた。
雲雀は咄嗟に反応できずに黙り込む。その綱吉とは、昨夜の綱吉と本当に同一人物なのだろうか。
「……結局綱吉は一体何しに行ったのさ。誘拐?」
「俺に聞くな」
「…………」
また一騒動ありそうな嫌な予感がして、雲雀は痛みだした頭をそっと押さえた。