ああもう、どうしていいのか分からない!
青に、溶ける
ぼすっ。と間の抜けた音を立てて綱吉の顔面にヒットした、大きくて白い枕。
ハルはそれを確認するや否や、ベッドから転げ落ちるように降りて、壁際まで後ずさった。
と同時に別の方向で爆笑する声が聞こえ、慌てて目をやるとリボーンが体をくの字に折って苦しそうに笑っている。
少年の隣ではあの雲雀までもが、口を手で覆って肩を震わせている。笑って―――いる、のだ。
ハルはこの瞬間まで、二人がこの部屋にいることに全く気付かなかった。
「え、えろえろ魔人……」
「ん?なんだツナ、否定する気か?」
「するよ!っていうか認める人いるの?!」
「ああ、なるほどね。君はむっつりスケベだから」
「だから何でそうなるんだよっ!」
思わず出た叫びは、間違いなくハルの本心だった。だって、いきなりあんなこと―――
その“あんなこと”の内容を再び思い出してしまい、頭をぶんぶん振ってそれを追いやる。全身が火照っていた。
(雲雀さん達がいるってことは、ここ、ボンゴレ……ですよ、ね)
未だにやいのやいのと言い合っている男達をいいことに、ハルは今の状況をなんとか把握しようと試みた。
何があったのかは知らないけれど、綱吉が隠れ家まで追いかけてきてくれたことは事実だった。
そしてそこで―――告白されたことも。何度も何度も、耳を塞ぎたくなるくらいに―――好き、だと言われた。
(………っそ、その後、は…)
くちづけを、ひとつ。好きでもない子に、こんなことは出来ないと悲しそうに笑っていた。
「第一告白する前に押し倒した、だと?順序を考えろ順序を!」
「お、俺だって本当に焦ってたんだ!途中で一度超直感が働かなくなったりしてさ」
「ふうん。で、結局言うだけ言って返事も聞かなかったんだ。……最低だね」
「いやそれはっ……その、ハルが目潤ませて見上げてくるから、つい」
「―――っ惚気んなボケ、死ね!」
響く銃声と悲鳴を背に、ハルは床に蹲っていた。…今の会話、聞いているだけで恥ずかしさの余り死ねる。
(………ツナ、さん)
リボーンと雲雀に責められながらもどこか嬉しそうに笑う彼の、声が、仕草が、頭から離れない。
本当は分かっている。隠れ家まで来てくれた綱吉の言葉のひとつひとつ、それらのどこにも嘘はない、と。
本当は分かっていた。本当は、受け入れたかった。本当は、………応えたかった。
ぽたり、と零れたものが絨毯に濃い染みを作る。ぽたり。嬉しくて、苦しくて、―――本当は、嬉しかった。
嗚咽が漏れそうになって、ハルはぎゅっと唇を噛みしめる。これから一体どうすればいいのだろう?
(……いえ。“どうしたいのか”、…ですよね……)
今日まで色々なことが変わっていったけれど、自分自身にさえ変えられなかったことがある。
どうしたって、何があったって、三浦ハルは沢田綱吉が好きなのだ。その気持ちはどうやっても消せなかった。
『だからって、ハルが落ちることないだろ?!』
どんなに言葉で否定しても、どんなに諦めようとしても、その根本を覆すことは出来ない――――
「………やっぱり、ツナさんはずるいです」
囁くように微かな声量で呟いたその言葉は、丁度銃声の途切れた部屋にふっと柔らかく落ちた。
リボーンや雲雀、そして綱吉が驚いた様子で黙り込むのを確認して、ハルはゆっくりと立ち上がる。
その拍子に新たな涙が零れたが、最早気にはならない。………止める気にも、ならない。
普段ならば迷惑をかけないようにと必死で拭っただろうそれは、酷く熱く感じた。初めての感覚だった。
「っハル、泣いて―――」
「ツナさんはずるいし卑怯だし、えろえろ魔人でむっつりスケベなんですよねっ?!」
「いや最後のは雲雀さんが勝手に…っじゃなくて、何で泣いて」
「……っ悔しいからですよ!」
ぴしゃりと言葉を遮って、彼と真っ直ぐ正面から向き合う。そして大きく息を吸い込んだ。
全部、全部吐き出してしまおう。多分いつも言葉が足りなかったから。そして今なら、きっと受け止めてもらえるはず。
――――綱吉がハルを追いかけてあの隠れ家に現れた時点で、既に答えは出ていたのだから。
「私が、どれだけ悩んだと思ってるんですか…?苦しかったんですよ、ずっと!…悲しかったんですよ!
死んじゃうくらい勇気を振り絞って叫んだのに、まず届きさえしなかったあの時の気持ちだって!!」
声が喉が震えるけれど、言い終わるまでは絶対に止めない。
視線の先にいる彼は、決して笑うでもなく、ただじっとハルのことを見ている。
その瞳には隠しきれない優しさが滲み、まるで“大丈夫だから”と暖かく見守ってくれているようにも思えた。
「届いた上での否定ならそれでも良かったんです。私には無理だったんだって諦めることも出来ました。
でもそうじゃなかった、…っそうじゃなかった!それだけでも悔しいのに、何ですかあれっ!何なんですかっ!!」
一度マシになっていたのに、どんどん顔が赤くなる。ああ、あれだけはこの先ずっと夢に出てきそうだ。
掴まれた力は強くてかなり怖かった。それなのに合わせた唇からはもっと別の、甘い感情が流し込まれて。
ぐずぐず蕩けて、いつか消えてなくなってしまいそうな錯覚の中で―――あの時世界には二人しかいなかった。
「―――私がツナさんを好きだってこと、知っての狼藉ですよね?!」
羞恥を堪えた叫びは、部屋に奇妙な沈黙をもたらした。