だから次は、君の番。

 

なあ、ハル。―――――何が欲しい?

 

 

 

 

 

 

「わ、……私、は…」

 

 

 

何を望んでいただろうか。どんな結末が、欲しかったのだろうか。

 

君に何が出来るの、と雲雀に問われたその時に。自分はただ、少なくともこの部屋を壊すことならできると答えた。

過去に戻るのではなく―――同じ事を繰り返さない為に、ボンゴレを出て行くという選択肢を作った。

 

もしあの時、綱吉がハルの言い分を受け入れてくれていたならどうなっていただろう。

あの部屋から出るだけでは意味がない。事件が起こる前のような日々に戻ったのでは意味がない。

 

 

(主任として…これからも生きていくこと。それに伴う危険だって、しっかり覚悟して……)

 

 

違う、ハルはとっくの昔に覚悟していた。していなかったのは彼らの方だ。なのに今、彼は覚悟をすると言っている。

それだけじゃない。更なる危険が待つ場所へ、どうかついて来て欲しいとこちらに手を伸ばしているのだ。

 

 

――――好きだ、と。傍にいて欲しいと。そんな言葉を使って。

 

 

 

「………………っ……」

「ああ、大丈夫。俺はこれ以上近づかないから、ゆっくり考えて」

「真っ先に追い詰めといて、今更何を言うか」

「言動が一致してない典型的な例だね」

「うんそこ、頼むから黙ってて?…ハル。外野は気にしなくていいよ」

 

 

 

もう勝手に触れたりしないから―――。少し身を引いたのを敏感に感じ取ってか、綱吉は優しくハルを労わる。

 

柔らかな拒絶と共にずっと隠されていた彼の心が、今、開かれていると分かっていた。…痛いほどに。

思わず大声で泣き喚いてしまいたいほどの嬉しさが心を支配している。その中に、ほんの一握りの恐怖があって。

 

ハル自身が全身全霊をかけて望んでいたこと。彼の傍にいたい、力になりたい、………好きになって、欲しい。

 

 

その全てが叶おうとしている今だからこそ、ハルはそれがどんなに大変なことか、分かってしまった。

 

 

(ツナさんの、そばに―――)

 

 

覚悟が要る。イタリアに来るときに決めた、その比ではない覚悟が。

 

 

 

ここでたった一言を口にすれば、全てが変わるのだ。ここが最後の分岐点―――選んだ後は落ちていくだけの。

 

 

 

「…それが、…なんだっていうんですか……」

「――――ハル?」

 

 

 

胸の奥に生まれたこの恐怖が消える日は来ないかもしれない。一生、付き合っていかなければならないのかもしれない。

だからといって、それと引き換えにするには…………十年という月日はあまりにも長すぎた。

彼に二度と会えなくなるというその恐怖に比べてしまえば、なんて小さく脆い感情なのだろう。

 

 

何度も何度も好きだと言って、漸く返されたひとつの答え。今更引っ込めようとしても絶対に許してなんかやらない。

余裕たっぷりに見つめてくる綱吉を、新たな決意を込めてハルはぎっと睨み付けた。

 

 

 

――――途端うろたえたように表情を崩す様子に力を得て、はっきりきっぱり宣言する。

 

 

 

「ツナさんは……今まで何を聞いてきたんですか?」

「え……?」

「そうやって、大きい顔しないでください!す、すす好きだとか、そういうの、私が今まで何回言ってきたと思ってるん

ですかっ!たった今日一日分だけで納得するとでも?!はひ、私はそんなに軽い女じゃないです――!」

「軽っ!?ま、待てよハル!俺は一度もそんなこと思ってな」

「顔にそう書いてありますよーだっ!」

「んなわけないだろ――?!」

 

 

 

見ているだけで胸が苦しくなる、そんな視線が自分から外されたことに安堵して。そう悟られないように笑う。

好き。そんな短い一言で、しかも自分だけがこんなに動揺するなんて悔しすぎる。

いつだって本気にしてくれなかった言葉達は虚しく零れ落ちていったのに。届く前に耳を塞がれてしまったのに。

 

卑怯だし、何よりずるい。……悲しいとは思わないけど。

 

少しでも意趣返しがしたくて、ハルは叫んだ。―――もしかしたら、ただ、伝えたかっただけなのかもしれない。

 

 

 

「勝手ですよ……突き放したり、引き止めたり、……好きだって言ったり」

「それは―――」

「あああんなことまで、…っ…で、でも、でもこれだけは言っておきますからね!」

 

 

 

謝って欲しいわけじゃないから、苦しそうに目を伏せた綱吉の台詞を遮る。謝罪の言葉は、もういらない。

 

本当に伝えたいことは、たったひとつだった。この手で選び取りたい未来も。

 

 

 

「ツナさんより、私の方がずっとずっと好きなんですから!だって年季が違いますもん!」

「……そ、それって……!」

「十年間、ずっとツナさんしか見てませんでした!ずっと好きだったんです、好きだったんですよ!」

「……ハル…………」

「その気持ちだけは絶対に負けません。ツナさんにだって余裕でヴィクトリーですっ!」

 

 

 

そう。何が一番悔しかったかって、一瞬でも彼の想いに気圧されそうになったこと。

でもよく考えてみれば十年ずっと育ててきた分、こちらの想いの方が遥かに強いに決まっているのだ。

 

 

(キ、キスとか…いきなりで驚いただけですし、別に…っ)

 

 

未だ腕に残る手の感触を振り切って、真っ直ぐに綱吉を見つめ返す。すると自然と笑みが浮かんできた。

呆気に取られたように黙り込む男達に向かい、ハルはぐっとガッツポーズを決めて最後の言葉を落とす。

 

 

 

 

「恋愛は――――先に惚れた方が勝ち、なんですよ!」

 

 

 

ねえ、ツナさん。知らなかったでしょう?