―――お前は、本当に、ダメツナだな。

 

詰ったつもりの呟きはやけに柔らかい響きをもって、ボンゴレの空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

それからは嫌味なほどスムーズに物事が運んだ。まるで今まで時が止まっていたかのように。

 

ハルから全開の笑顔で告白された綱吉は、意外にも硬直して意識をどこかに飛ばしているようだった。

てっきりそのままハルを襲うか少なくとも抱きつきに行く、と思ったのだが……まあまだ青いということか。

 

リボーンは雲雀と視線を交わし、大人しくなった綱吉をこれ幸いとばかりに運び出した。

 

 

もちろん彼女を一人にしないよう、会議に出席しない骸を呼びつけて後を任せる。記憶も戻さなくてはならなかった。

 

 

 

「おや、どうしたんですか?……ソレ、かなり気持ち悪い顔をしてますが」

「気にするな。後で説明してやる」

「はあ……?」

 

 

 

会議まで時間がなかったので早々に別れを告げ、脱力した綱吉をずるずると引っ張っていく。

一度全員に何をしでかしてきたかをばらして説教をくれてやりたいところだったが、それもこれも後回しだ。

 

ただ、自分の心が軽くなったのは気付いていた。問題は山積みだが、新たなスタートを切れる準備も出来ている。

 

 

 

「雲雀、叩き起こしてくれ。顔以外でな」

「……このむかつく顔を何とかできないの。ものすごく咬み殺したいんだけど」

「我慢しろ。どっちにしたって舐められるんだ―――怪我じゃない方がいいだろう」

「どうだか、ね」

 

 

 

この締まりのない顔が、どれだけリボーンに安堵をもたらしたのか。……一生、言うつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

会議は一見、無事に終わった。一見というのは―――ドン・ボンゴレの姿をみれば一目瞭然である。

いっそのこと服で見えない腹辺りに、痣が残るほどの一発をくれてやればよかったのかもしれない。

 

 

(会議室に放り込んだ直後はもう、目も当てられないっつーか)

 

 

ほっとくと頬は緩むは思い出し笑いはするは、事情を知らない部下達が明らかにどん引きしてたぞ……。

それでも怒鳴る気にはなれなかった。自分でもこの状況は嬉しいのだと、認めるほかはない。

 

ただこのままだと周囲に示しがつかないので、顔を洗ってこいと蹴り飛ばしたところである。

 

 

 

「あの、リボーンさん。それで、ハルのやつは……」

「今骸が幻術を解いてるはずだ。それが終われば――――情報部に帰還させる」

「そっすか。…つまりは上手く行ったんですよね」

「…………あの顔で、失敗したと思うか?」

「いえ。全く」

 

 

 

忠誠心の厚いこの右腕にまで即答されるようじゃ、もうどうしようもない、か。

呆れた心中とは裏腹に、自然と笑みが浮かんでくる。綱吉の笑顔とハルの笑顔、その二つが戻ったからには―――

 

 

(古狸どもは適当に抑えておくとして、さっさと既成事実を作らせるか)

 

 

些か乱暴な思考を巡らせつつ、それでもそれが綱吉の幸せに繋がるのならば構わない。

結局いつも汚れ役を引き受けてきたのだ。今更―――文句を言う馬鹿がいるのならば、黙らせるだけだ。

 

 

 

「……っ、リボーン、何も蹴ることないだろ……」

「目が覚めたか?会議中銃弾ぶち込まなかっただけ感謝しろ」

「な、なんだよそれ!ちゃんと話は聞いてただろ!?」

「―――――ほう?」

「…………………ゴメンナサイ嘘です」

 

 

 

あの時のような胸騒ぎはない。息を止めて探った、あの昏い色はどこにも見受けられない。

疲れた表情もなければ、自分を責める様子も、ない。その全てが前の、いや、前以上に良い状態だった。

 

綱吉にとってハルの存在が悪影響になるのならばと、一度は力ずくでない排除も考えた。だがもうそれすら必要ない。

 

 

彼をこの血塗られた世界に引きずり込んだ一因として願うならば。どうか。

 

 

 

「本当に、ダメツナだな。―――お前は」

「だからダメツナって言うな!」

 

 

 

(………ほんの一時でもいい、ささやかな平穏を)

 

 

せめて、それだけは。

 

 

 

 

 

 

 

 

明るい笑顔で訪問客を迎えたハルは、昨日別れた時とはまるで別人のようにすっきりとした顔をしていた。

頬には涙の痕があったが、それすら感じさせないような表情に、骸はふと無意識に唇を綻ばせる。

 

 

 

「あ、骸さん!いらっしゃいま……って、ここ私の部屋じゃないですよね」

「ボンゴレの自室ですか。まあ君もこれからはちょくちょくここに来ることになるでしょうけれど、ね」

「はひ?何でですか?」

「何でって――――分からないんですか?」

 

 

 

目の前で小首を傾げる様子を見て、骸は何故か頭痛を覚えて眉間を押さえた。これは天然、なのだろうか?

しかし単純明快な彼女に分かっていて惚けるような芸当は出来ないだろう。そう結論付けて更に言葉を紡ぐ。

 

 

 

「ボンゴレと恋人同士になったんでしょう。つまりゆくゆくはこの部屋に泊まって―――――」

 

 

 

油断していたことは認める。仲間外れにされたこともあって、ちょっと揶揄ってみようと思ったことも、認める。

だからといって、ここでまさか、まさかティーテーブルが飛んでくるとは予想だにしなかった。

 

 

 

「っは、はひ――!な、ななな何言ってるんですかぁああ!!」

 

 

 

アウトロー!です!

 

 

そんな叫びが、暗転する直前、耳の奥に届いた。