―――これからも、生きていく。

 

 

 

 

 

「……流石の俺でも、それはまずいと思うぞ。沢田」

「あー、えっと、……はい。反省してます」

 

 

 

会議が終わって関係者が去ると、リボーンは即効でその場に残った守護者に綱吉の悪行をばらした。

そう、ハルを押し倒してキスしたら気絶されたので告白の返事も聞かず連れ帰ってきた、と。

結局会議前にはちゃんと返事を貰ったんだから結果オーライだろうとか、そんな言い訳を許さないままに。

 

獄寺は、顔を背けて聞かなかった振りをした。山本はへらりと笑みを浮かべつつ、目を泳がせて天を仰いだ。

 

そして了平は―――普段の口癖である『極限!』すら使わずに、冒頭の台詞をのたまったのである。

 

 

 

「なあ獄寺、了平が真顔で言うとなんか怖くねーか?」

「俺に振るな!頼むから振るな!」

「だ、大丈夫だって!今朝ちゃんと返事は貰ったし、そもそもあれは無理強いじゃ―――」

「なかったとでも言うつもりか、ダメツナが。お前の話じゃ、思いっ切り力ずくで押さえ込んだんだろ」

「な、ハルだって途中からちゃんと応えてくれたし!」

「…っ誰がいつそんな事を聞いた――――!」

 

 

 

ここで幾度目かの銃声が鳴る。しかしボスとその家庭教師が揃っている場合は、日常の範囲内だ。

最初こそ何も知らぬ部下が駆け込んできたものだが、今は実に平和なものだった。………悲しいことに。

 

ただ、綱吉にとって例のキスは、ハルの気持ちが十二分に伝わってきたからこその愚行である。

だから何故ここまで怒られるのかが分からない。不満げな顔をすると、やはりまた撃たれてしまった。

 

 

 

「この色ボケ!この先ずっとそんな調子でいるつもりかっ!」

「今日くらい浸ってたっていいだろ?!やっと……やっと、……手に入れたんだ」

「………ツナ……」

「沢田……」

 

 

「はは、そんなにやけた顔で言っても雰囲気出した意味ないけどなー?」

「こんな時だけ突っ込むな、山本!アホか!」

「あ、わりぃ。つい」

 

 

 

仲間の生温い視線がじわじわと皮膚を刺すが、その感触さえも今目の前にある幸せを思えば何ともない。

世界は再び色鮮やかに蘇るのだ。何も終わってはいない、始まってすらいなかった。そう、全てはこれから。

 

 

(……………会いたい、な)

 

 

机の上には会議の資料がその存在を主張しているし、昼にはまた別の会合がある。―――それでも。

 

 

 

「リボーン、俺ちょっと散歩に」

「素直に会いにいくと言え。適当な嘘ついてんじゃねぇよ」

「え。……行っていいの?本当に?」

「……三十分。超えたら殺す、分かったな」

 

 

 

今のボスという立場で、三十分の空白を作るのがどれだけ大変なことか、分からないとは言えようはずもない。

 

ありがとう、と照れからか声にならない礼の言葉を残して、綱吉は会議室から飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――久々に情報部に帰ると、泣かれた。なんでも、ハルに関する情報は殆ど知らされていなかったらしい。

そのまま彼らは主任抜きで仕事をしなければならず、それでも、決して業務に支障が出るほどの損害はないという。

 

永遠に続くとさえ思えた、偽りでも幸せだった日々。そう、幸せだったのだ、自分は。その点だけは骸に感謝している。

ハルは、全てが一度壊れたあの日の会議で、自分に割り振られていただろう椅子にそっと腰を下ろした。

 

 

(私はここに、辿り着きたかったんですよね……)

 

 

あの大通りで声を掛けられさえしなければ。―――あの男達が、京子を狙いさえしていなければ。

定例会議の行われる会議室に来るまで、何週間も掛かってしまった。その間椅子に座る資格を失いも、した。

 

でも今朝、ハルは再びボンゴレ情報部主任に就くことを許されたのだ。多分、これからもずっと。

 

 

 

「あ、あとは……えっと。ツナさんの、こい、こいび………」

 

 

 

それは―――本当の意味で、綱吉の力になれるということ。十年前から望んでいたことが、叶ったのだ。

………嬉しかった。痛いほどに。苦しいほどに。……涙が零れ落ちてしまうほどに。

 

 

 

「まだ、泣いてるの?」

「はひっ!え、あ、え、……ツナさん?!」

「やっぱり。ここに居るような気がしたんだ―――ハル」

 

 

 

背後から湧いた突然の声に振り向くと、愛しい人が立っていた。愛しいと、今なら誰に対しても認めることができる。

綱吉は優しく笑いながらハルを見ている。ああ、その笑顔が見たかった―――涙が全然止まらない。

 

すると彼はゆっくりと近づいてきて、その綺麗な指で溢れた雫を拭ってくれる。ふと、自然に言葉が滑り出た。

 

 

 

「…ツナ、さん」

「ん?」

「あ、あのっ……好きです!……ハルと、お付き合いしてください!」

 

 

 

もう一度最初から始めよう。二人で、生きていこう。そんな想いが出たのだろうか。口調も昔に戻ってしまった。

でもハルにとっては、一番しっくりくる台詞だった。この悲しくも苦しかった日々にピリオドを打つために。

 

 

 

「………っ…。………ぶふっ」

「ああっなんで笑うんですかっ!ひ、人が真剣に告白してるんですよ!」

「……ご、ごめんごめん!なんかさ。……めちゃくちゃ嬉しくて」

「えっ―――」

 

 

 

ふわりと全身を抱きこまれた。その体温に頬が赤くなるのを感じながら、もう逃げなくていいのだと安堵する。

そしてハルは恐る恐る腕を綱吉の背中に回した。昨日もこうやって応えたかった、その分を埋め合わせるように、強く。

 

密やかに笑う彼の声が耳に直接吹き込まれ、そのまま息が止まりそうなくらいに抱き締められる。

 

 

 

「俺でよければ、―――喜んで」

「ツナさん……」

「……好きだよ、ハル」

 

 

 

 

ゆっくりと重なるふたつの影。珍しくも雲ひとつない晴天が、イタリアの空に広がっていた。

 

 

 

 

 

あの箱庭で過ごした時間は、イタリアに来てからの十年に比べればとても短いものだった。

失ったものは大きい。けれど、それ以上に得たものがある。

 

これからどんなことが起きるのか。何を失うのか。それは、今の私達では想像するしかないけれど――――

 

 

 

 

――――今はただ、手を取り合って、共に生きていこう。

 

 

 

(―『青に、溶ける』END―)