どうか、悲しまないでください。
どうか、泣いたりしないでください。
彼女を―――大事な親友を、貴方が好きな人を、この小さな手で守れたなら。それだけで、満足だから。
青に、溶ける
“・・・・行くから”
それは、有無を言わせぬ口調だった。何も考えずただ頷いてしまいそうになる位の強い力を持っている。
でもハルはそれに頷くつもりはなかった。だって、彼は京子ちゃんの傍に居るべきだと思ったから。
他の仲間達の誰にも逢いたくない。出来るだけ普段の状態に戻ってから、帰りたい。
「あの、でも・・・後はもう帰るだけですし。皆さんの手を煩わせるわけには」
『―――ハル』
(・・・・ぅ、わ・・・・)
ぞくり、と。何でもない筈なのに背筋が震えた。
普段よりは少し低い声。でも別に怒っている様子は感じ取れない。ハルを責めているわけでもない、と思う。
それなのに、どうして、こんなにも怖いのだろう。どうして、こんなにも逃げたくなるのだろう。
優しくて頼りになる、ハルがこの世界で一番大好きなひとの声なのに。
『俺が今から迎えに行くよ。それともどこだか分からない?』
「・・・・い、いえ。一度来たことがあったので・・・・」
『そう?良かった』
綱吉は当然ハルが答えるものと思って待っている。―――本気の口調だった。本気で、此処に来るつもりだ。
(そ、そんなの・・・嫌、です・・・っ)
ボスが自分を心配してそう言ってくれているのは分かっていた。だって、彼は優しいから。優しすぎるから。
でも、髪の毛はバサバサで衣服も乱れ、おまけに頬を腫らした無様な姿なんか・・・彼にだけは見られたくない。
たとえこの先もずっと、身の内に秘めた想いが報われなかったとしても。
好きな人の前ではいつも綺麗な格好で居たいと思うのは、ごく普通のことでしょう?
「私が居るのは、ラビオレットゥーラ港の工場地帯です。以前山本さんと一緒に来た――」
『わかった。じゃあそこで待ってて、直ぐに』
「駄目です」
『・・・・ハル?』
もし、あの連中が生きていて。ハルを追いかけてきてもう一度捕まえられてしまったら、それこそ本末転倒だ。
自力で切り抜けられるだけの力はないし、ここは百歩譲って迎えに来てもらっても構わない。
だが彼に会うことだけは、絶対に避けたい。それだけは譲れない。・・・・・だからハルは言葉を重ねた。
「ツナさんは駄目ですよ。絶対此処に来ちゃ駄目です」
『なっ、何言ってるんだよ!ハル、お前自分の状況考えて―――』
「だってあの人達、京子ちゃんを人質にしてツナさんを誘き出そうとしてたんですよ?!」
まるで学生の頃に戻ったみたいな、ボスの口調。荒々しいそれに対抗するようにこちらも声が大きくなる。
「狙われてるのは京子ちゃんだけじゃなくて、ツナさんも、なんですからね!来たら一生恨みます!!」
『ちょ、ハル、待てって!』
「待つ必要がありますか!?山本さんでも骸さんでも、いっそ獄寺さんでも構いませんから迎えに来て欲しいですっ
でも、でも、ツナさんだけは絶対駄目です!来たら許しませんよ、私は―――!!」
綱吉を此処へ来させない、という一心でハルは叫んでいた。それ以外なにも考えていなかった。
だから、周りの状況、とか。いつの間にか消えていたロマーリオが、これまたいつの間にか戻ってきていたこととか。
背後からそっと伸びてきて携帯を優しく取り上げた手の持ち主が誰なのか、とか。
―――ハルには、知る由も無かった。
「おーいハル、ちょっと落ち着け。な?」
ロマーリオに逢った時点で彼が来ている可能性は頭にあった。だからその存在を受け入れるのは容易かった。
宥めるような声が上の方から降ってくる。聞き慣れた声。彼とは逢う度頭を撫でられた。・・・そう、今も。
ぽんぽん、と頭を叩かれる柔らかな感触が、焦りに支配された心をすっと溶かしていく。
ハルは叫ぶ途中で浮かんできた目尻の涙を瞬きで誤魔化しながら、目の前で笑う金髪の男を見上げた。
「・・・・・・ディーノ、さん?」
「よ、ハル。元気―――じゃ、なさそうだな」
「大した怪我じゃ、ありませんよ。掠っただけ、ですし。それに」
ディーノが居るなら、追っ手が来たとしてももう大丈夫だろう。もう一度捕まるような危険は無くなった。
彼が単体なら慌てる所だが、部下と一緒なのだからこれほど心強い味方はいない。
取り上げられた携帯はロマーリオに渡ったらしく、遠くで何やら説明している声が聞こえる。
無意識にそれを聞いていたハルは、注意を促すようにくしゃりと髪の毛を弄られて正面に向き直った。
彼はずっと、余裕たっぷりに微笑んでいる。
その笑顔そのままに軽く告げられた言葉を耳にして、ハルは思わず絶句した。
「もう大丈夫だからな、ハル。安心しろって。―――連中は俺達で捕まえといた」
「・・・え・・・・?捕まえ・・・・って、え?連中って・・・」
「お前を人質に取った挙句、ツナを呼び出して暗殺しようとした連中」
「・・・・・・・・・っ!」
ハルは今までディーノ達は単なる通りすがりだと思っていた。でも彼が言ったことは全て正しい。
それも当事者でなければ知りえない事ばかりだ。おまけに・・・連中を捕まえた、って、一体全体どういうこと?