もっと、近づきたい。
夢の向こう側に
「………で、本気で滝に行く奴がいるとは、な」
「む?おお、来ていたのか!沢田は修行に目覚めたらしいぞ!」
「修行……。アレがか?」
「精神統一は極限に立派な修行だろう?技術も大切だが、最後は気合だからな!!」
大声で極限!と叫びながら笑う了平の言葉を聞き流して、リボーンはちらりと窓の向こうに視線をやった。
その先にはもちろん、我らがボス沢田綱吉が岩の上に座り、頭上から大量の水を被っている。
(……………………)
コメントのしようが、ない。正直、最近は昔とは違って教え子の思考を読み取るのが難しくなってきている。
ただそれを差し引いたとしても今回の綱吉がとった行動はおかしかった。一体何がしたいのか。
会合中に居眠りをすることといい、滝に打たれてくると言って本当に滝へ行きやがることといい、意味不明だ。
ハルを閉じ込めたあの時の、忘れようもない胸騒ぎがさっぱり起こらないのは、唯一の救い、なのだろうか……?
「よし、俺も沢田には極限に負けてられんぞ!修行だ修行っ!」
「……そうか。勝手にしろ」
「うむ。すまんが後は任せた!」
全開の笑顔で、心なしか歯をきらりと輝かせ、了平は勢いよく飛び出していった。部屋には沈黙だけが残される。
妹思いの兄である彼は、時折こちらをげんなりさせるほどのエネルギーを発する。良くも、悪くも。
リボーンは一人、ゆっくりと溜息を吐いた。ボスの安全の為にと綱吉についてきたはいいが、これからどうするか。
午後からは綱吉に自由な時間を与えてしまったため、力ずくで連れて帰るのは気が引ける。
かといっていつまでも冷たい水を被らせる訳にもいかない。彼が満足するまで待っていて風邪を引かれても困るだけだ。
いったい何を考えているのか。もしくは何を悩んでいるのかを聞き出せれば、手っ取り早いような気がする……。
「まあ、一度締め上げて吐かせるか―――」
そう考えてぼそりと不穏な台詞を呟いてみても、なぜか空しいだけだった。
打ち付ける水の冷たさや、激しい衝撃は時間が経つにつれてどんどん感じなくなっていく。
音さえも遠くなっていく感覚の中で、綱吉はただひたすら“心頭滅却、心頭滅却”と念じ続けていた。
ここはボンゴレファミリー所有の訓練場のひとつ。本部からは少し離れているものの、セキュリティ面は心配ない。
しかも了平が設計からなにから全てを請け負ったもので、なぜか日本風の人工滝があちこちに作られている。
彼の部下は定期的に、半ば無理矢理この施設で訓練をさせられているらしい。―――時期によっては最悪だろう。
「……ふぅ。ちょっと休憩」
あまり長く打たれすぎても体調を崩すだけだと判断して、水から上がり、ふとその“人工滝”を振り返った。
数十メートルの高さから降り注ぐ清水。その周囲には岩が転がり、ご丁寧に所々苔が生えている。
イタリアの滝とはまた違った光景に、作成者のこだわりが見え隠れして綱吉は思わず噴き出した。
『沢田も漸く修行の大切さが分かったのだな!俺は極限に嬉しいぞ!』
『いや、……ははは………』
精神統一したいから場所を貸してほしい、と切り出した瞬間、了平は驚きつつも満面の笑みを浮かべて頷いた。
相変わらずどこかずれた返答に突っ込む気力はなかった為、ばしばしと背中を叩かれるままに笑って誤魔化しておく。
意外にもコロネロは外出中で、彼しか訓練場にいなかった。だから余計な詮索をされなかった分マシかもしれない。
―――とにかく、ここを借りて良かったと思う。頭はすっきりしたし、随分冷静さも取り戻してきた。
後数回だけ水を浴びて、それからハルのところへ行こう。彼女特製のお茶を淹れてもらって。他愛のない話をするのだ。
今までと同じように。まだ変わらなくていいから。……絶対、傷つけないように。
「……気が済んだか、ツナ」
「わっぷ!……え、リボーン?」
突然、ばさりと何か白いものが視界を塞ぎ、綱吉は内心飛び上った。が、直ぐに響いた声に体の力を抜く。
投げつけられたのは大きなバスタオルだった。柔らかいそれに思わず口元が緩むのを、布を当てて誤魔化した。
「だから、気配消して近づくなって……驚くだろ!」
「は、馬鹿が。自分の立場を弁えろ、訓練場内だからって気抜いてんじゃねぇ」
「えぇ?だって、俺が気付かないのってもうリボーンだけだし」
「……………。……なるほど」
ぴしり、と音を立てて綱吉は硬直した。いや、硬直せざるを得なかった。背筋に悪寒が走る。
バスタオルを情けなく胸元に掻き合わせ、相手を刺激しないようゆっくりと立ち上がる。マズい。いや、ヤバい。
殺気と呼べるほど剣呑ではないものの――――不穏な、八つ当たりにも似た、なにか。
「………あ、いえ、今後は十分気を付けますから」
「生意気言うようになったな、ツナ。成長してくれて家庭教師としちゃ嬉しいぞ」
「いや俺なんてまだまだでっ!つーか今丸腰なんだけど!上裸だし!」
「知るかボケ。だが安心しろ、この銃弾、殺傷力は低い」
「急所に当たらなきゃだろ?!」
「修行の成果とやらを見せてもらおうじゃねぇか、あぁ?」
「俺は一言も修行だなんて言ってな――――!」
逃げたいという切実な願いを込めた絶叫は、続く銃声に掻き消された。