それは自分のエゴなのか。

 

 

 

側に

 

 

 

「あーくそ、最悪だ……」

 

 

 

リボーンが手加減していたのかそれとも奇跡か。銃弾は一発も当たらなかったが、流石に疲れた。

しかし気分はやけにすっきりしているのが何とも不思議だった。運動することで、少しは気が晴れたのだろうか。

 

 

(滝でさっぱりしたってのもあるし、まあいいか)

 

 

あいつ本当に素直じゃないからな。と本人が聞けば怒りそうなことを頭の隅で考える。随分心配を掛けたらしい。

ただ――あんなことで悩んでるなんて知れたら本気で殺されそうなので、それは黙っておこう。

 

綱吉はひとつ溜息を吐いて、ハルが待ってくれているだろういつもの中庭へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

中庭に着くと、色とりどりの植物の中に見慣れた後姿を見つけた。紅茶のいい香りも漂っている。

約束の時間からは大幅に遅刻だったが、構わず待っていてくれたことに頬が緩んだ。

 

 

 

「ごめん、ハル遅れ……って、…え?」

 

 

 

声を掛けながら近づいたところで、綱吉はふと足を止めた。そのままじっと動かずに耳を澄ませる。

微かに耳に届く吐息は、意識のない人間のそれ。――もしかして、ハル、寝てる?

 

極力足音を立てず前に回り込むと、やけに馬鹿でかいクマのぬいぐるみに凭れて彼女は眼を閉じていた。

なんかこのクマでか過ぎるし、大体ハルってこんなぬいぐるみ持ってたか?しかもクマに凭れて眠ってるとか―――

 

 

(俺だってまだそんなことしてな―――い、いやいやそうじゃなくて!)

 

 

クマのぬいぐるみごときに先を越されたなどと馬鹿な事を考えているつもりはない。ああ、絶対にだ。

しかし本当に気持ちよさそうに眠っている。ぐっすりと。………クマに凭れて。つーかこれ、誰から貰ったんだ?

 

 

(落ち着け俺!いい加減クマから離れろって、まずはハルだろ!)

 

 

ふと見やると、テーブルの上にはお茶の用意が出来ている。少し冷めた紅茶に胸が痛んだ。

感情のコントロールが出来ないばっかりに、こうやって彼女に負担をかけている。己の未熟さに腹が立つ。

 

 

キスしたい、とか。……抱きたい、とか。男である自分にとっては自然な欲求で、どうしようもなくて。

でもひとつだけ言い訳をするならば、それは『ハルが好き』だという感情のその先にあるものだということ。

 

好きだから、今の関係がもどかしい。好きだから、その先に進むのが怖い。怖がらせるのが、怖い。

 

 

 

「…………俺が、普通の人間だったらなあ……」

 

 

 

ふと。無意識にそんな言葉が漏れた。沢田綱吉という人間が、マフィアのボスではなかったら?

なんて、今平穏な日常に戻れると言われても選びも迷いもしない“もしも”を考える。

 

もしそうだったなら、十年も待たせることはなかったかもしれない。今更手を伸ばすことを躊躇ったりしないのかも。

仮初めでも偽りでも本心は違っていたとしても、友人として過ごしてきたこの十年が邪魔をする。

 

 

多分ハルは、綱吉がそうしたいと、関係を進めたいと言えば了承してくれるだろう。―――綱吉の為に。

 

 

そしてそれは真実、彼女自身の意思になる。自惚れでも何でもなく、純然たる事実としてそう確信していた。

彼女は彼女自身そうしたいのだからと、綱吉の提案を受け入れるだろう。自分が望んでいるからと言って。

あらゆるものを捨ててイタリアについてきてくれたハルのことを考えれば、疑うべくもないことだった。

 

―――それが嫌だと思うのは、我儘だろうか。贅沢なことだとは分かっている。でも。

 

 

(要は、ハルから求めてほしいってことだよな……うわ、最低だ俺)

 

 

おまけにそうなるまで待つつもりが、もう既に待てないかもしれない、と。ああ、本末転倒だ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

ハル、と。声には出さず呟いて、綱吉は眠る彼女の隣に腰をおろした。まだ起きる様子はない。

 

情報部主任までのぼりつめてしまったハルは、幹部以上に忙しい日々を送っている。

無理を言ってリボーンに休暇を取ってもらったが―――彼女もまた、過密なスケジュールを抜けてきたのだ。

疲れているのはお互い同じ。起こす気はない……けれど、綱吉はそっとハルの肩を掴み、こちら側に凭れさせた。

 

 

 

「そりゃ、クマよりは固いだろうけどさ―――」

 

 

 

微笑ましいはずの光景がなんだか目につくので、仕方がない。クマに罪はないが。………多分。

肩に乗る重みが愛しくて、その苛立ちも溶けていく。余計な事を考えなくても済むようにゆっくりと目を閉じて。

 

今はまだ、このぬくもりだけで満足しよう。久々に―――二人きりで会えたから。それだけで、もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………おや」

「…………あ。私のあげた、くま……」

「ハルはボンゴレに見せびらかすと言ってましたしね。まあ、何があったかは想像できますが」

 

 

 

骸とクロームは偶然通りかかった中庭の様子に、ふと足を止めて顔を見合わせた。

京子とハルの強い希望で据え置かれたティーテーブルのセット。その傍のベンチで眠る二人と―――クマ。

 

可哀そうにクマはベンチの端に追いやられ、それからハルを庇うように綱吉が肩に腕を回している。

 

 

 

「何とも可愛らしい光景じゃありませんか。健全で。いい歳した大人とは思えませんね」

 

 

 

中学生ですか貴方達は。と骸は耐え切れなくなったように吹き出した。

 

 

 

「でも、―――幸せそう」

「……いいですかクローム。あれはただの甲斐性なしと言うんですよ」

「甲斐性……なし?」

「ええ。少し自覚はしているようですが……まあ、我々が口を出す問題ではありません」

 

 

 

放っておきましょう。と些か無責任にも思えることを言って、骸はクロームを促して歩き出す。

クロームが羨ましそうに仲良く寄り添う二人を見ているがしかし、現実問題あの二人は煮え切らなさ過ぎる。

 

 

(あれだけ大騒ぎして恋人同士になったくせに、前と変わらないじゃないですか)

 

 

そう思いこそすれ、好き好んで関わりたくはない。余計な火の粉がこちらに降りかかるのは目に見えていた。

 

 

 

「なるようになるでしょう。いつかきっと。ええ多分」

 

 

 

―――本当にどうしようもなくなった時は、有償で手を貸して差し上げても構いませんけどね。

内心そっと呟いて、骸は笑みを浮かべた。どちらにしろ、そう遠くないうちに“その時”は来るだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

綱吉とハルが本当の意味で恋人同士になるには………もう少し後のこと。

 

ボンゴレ面々の苦労の日々は、まだまだ続きそうだった。