失いたくない。
鼓動の記憶
初めて―――だということは、触れる前から分かっていた。
がちがちに緊張した肩、微かに震える指先、一歩分距離を詰めただけでびくりと跳ねる身体。
全てがそれを物語っている。こちらの一挙一動を固唾を飲んで見守る、不安が滲むその視線さえも。
綱吉は胸に湧きおこる衝動をなんとか宥めながら、もう一歩を踏み出した。
片思いを続けること数年。晴れて想いが通じ合い、恋人同士になってからは半年。
僅かな触れ合いはあっても、そういう事は一度としてなかった二人に業を煮やした誰かが仕掛けたのだろう。
多忙によりすれ違いが多かった綱吉とハルの為、という名目で周囲が動き、半ばセッティングされたこの時間。
複雑ではあったが、こんな願ってもない状況を逃してしまうほどの余裕は――――綱吉にはなかった。
ベッドの上に片膝をつくと、スプリングが音を立てて軋んだ。瞬間、ハルが顔を真っ赤に染めて俯く。
好きだよ、と溢れる想いを口にすれば更に頬の赤みが増し、綱吉は我慢が出来ず彼女を抱きしめた。
(……ああもう、可愛いなあ!)
思わず力を込めてしまっても、文句も言わず、おずおずといった様子で背中に腕を回して応えてくれる。
両腕の中にすっぽりと収まってしまう小さな身体。体力をつけるために筋トレしてます!と言う割には、まだ細い。
守りたい。何度も思う。守りたい。彼女を傷つけようとするもの全てから。
死と隣り合わせな世界に順応しよう、と努力を惜しまないハルだからこそ余計に、そう思うのだ。
ひとりでも大丈夫だと言われる度に。強がりでなく、事実身を守る術を持ち合わせているとしても。
傷つかないでほしい。泣かないでほしい。いつも笑顔でいてほしい。
そこまで考えて、綱吉はふと違和感を覚え内心首を傾げた。愛しい恋人を抱き込み、その髪に触れながら。
傷つけたいわけじゃない。泣かせたいわけじゃない。でも、もし、そんな時があったとすれば。
傷ついてもいい。泣いてもいい。――――それが綱吉のせいならば構わない。
無意識に口元が歪む。ああ、そういうことなのだ。ハルを傷つけ泣かせるだろう存在は、自分ひとりでいい。
綱吉の鬱々とした思考に気付いた様子もなく、彼女は擽ったそうに笑顔を零し、柔らかく眼の色を和ませる。
その姿に、一瞬で目が覚めた。……違う。守りたいというのは本当だから。
今夜は絶対に傷つけたりしないし、泣かせるかもしれないけど―――優しくする。嫌な思い出にならないように。
こういうことは最初が肝心だ、などと言ったリボーンのふざけた台詞が蘇る。
今すぐ押し倒してしまうのは本当に簡単だったし、そうしたくないと言えば嘘になるけれど、……絶対にしない。
髪を触っていた手を、首筋に。もう一方の手は腰ごと抱き込んで―――くちづけをひとつ。
怖くない訳がないだろうに、逃げる素振りを見せない彼女がただ愛しくて。
(……本当に、可愛い)
まさか―――こんな日が来るなんて、日本にいた頃は思いもしなかった。
恋人になるなんてこと自体夢だと思っていた。その夢が現実になった今、間違いなく、自分は幸せなのだろう。
好きだよ。そう耳元で囁いて、悪戯に軽く噛みついてみる。途端上擦った声があがり、嬉しくなった。
思わず漏れた笑い声を聞きつけたのか、頬を膨らませて顔を背ける様が楽しい。もっと違う反応が見たい。
もう一度くちづけて気を逸らせた隙にシャツのボタンに手をかけた。しかし、なぜか上手く外せない。
「……………っ……!」
綱吉は、己の手が震えていることに今になって漸く気付いた。……気付いて、しまった。
誤魔化すように手を握り締め、綱吉はハルを抱きしめる。彼女もまた、未知への恐怖でか全身を震わせていた。
この先に進んだら、心臓が止まってしまうんじゃないだろうか。
(――――どっちの?)