―――可愛い。

 

至近距離で囁かれる声は、思わず耳を塞ぎたくなるほど。

 

 

 

甘く、甘く、けるような

 

 

 

キス、しよう。

と、大真面目な顔で告げられてから早五分―――未だハルはティーカップを持ったまま硬直していた。

 

 

お互いのスケジュールの空きが重なった時間を見計らって、漸く手に入れた久々の休息。

ここ数週間ずっと二人きりで会えなかったこともあり朝から楽しみにしていたのだ。多分、彼もそうだと思う。

浮ついた気持ちと共に、ハルはお気に入りの紅茶とお菓子を持って恋人の部屋を訪ねた。

 

嬉しそうに迎え入れてくれた綱吉に軽く赤面しつつも、穏やかな時間を過ごしていた―――はず、だった、のに。

 

 

 

 

テーブルの向かいには普段の物柔らかな笑みさえ浮かべず、ただただ真剣な顔でこちらを見据える沢田綱吉。

キスしよう。その疑問系ですらない、断られるとは微塵も思ってないような口調に、冷や汗が流れる。

 

周囲を見渡すまでもなく、この部屋には他に人は居なかった。………不幸なことに。

 

 

 

「あ、あのツナさ」

「今は休憩時間だし。ね?」

「えっと……」

 

 

 

勇気を振り絞って声を出したのに、あっさり遮られて黙り込む。真剣な表情に、少し低い声。頭が混乱する。

 

恋人となってからは綱吉からのスキンシップが格段に増えた。嫌ではないし、寧ろ嬉しいと言ってもいい。

しかし付き合い始めたばかりの頃はどうしてもその恥ずかしさに耐え切れず、情報部の仕事に差し支えること数回。

 

 

――公私混同はしたくないから、仕事中は絶対に“そういう”ちょっかいを掛けないこと――

 

 

渋る綱吉を宥めつつ説得しそう約束してもらった以上、まだ昼だからとかそんな言い訳は通らなさそうだった。

 

 

 

「………キス、したい。ハル」

「……………よ、夜なら……」

「夜は出張。帰るのは三日後なんだけど、それまでお預けさせるんだ?」

 

 

 

俺のスケジュール知ってるくせに、と真顔で詰られて心臓が飛び跳ねた。どうしよう。いや、でも、だからって!

手に持ったままだったティーカップを置いて、ハルは少し目線を下げる。顔がどんどん熱くなっていくのが分かった。

 

嫌なんかじゃない。恥ずかしいだけで、嫌なんかじゃない。

自分だって触れたい。キスして、抱き締めて欲しい。抱き締めたい。もっと、もっと。

 

 

綱吉の自室に招かれて二人きり。広いソファ。それでも向かい合わせに座ったのは――――

 

 

 

「ツナ、さん」

「ハル?」

「………ス、だけ!キスだけ、ですからねっ!」

「――ん、了解」

 

 

 

そんなささやかな触れ合いだけで満足する自信がないからだ。もちろん、ハル、が。

綱吉にしてみれば日常のスキンシップに過ぎないだろうキスも、どんなきっかけになるか分からない。

 

キスだけ、という精一杯の虚勢に初めて笑顔を浮かべた彼がゆっくりと近づいてくる。

ひた隠しにした欲望を見抜かれないようにと念じていた為か、頬に触れられた瞬間にびくりと身体を震わせてしまった。

 

 

 

「………っ……」

「……怖い?」

「違っ、あ、す、―――好きです!」

「え」

「はひ、大好きです!えと、その、ですからその、」

 

 

 

見るからに悲しそうな顔で落ち込む綱吉に、拒絶したのではないと何とか伝えようとする。

その慌しさがツボに入ったのかどうか。一瞬固まった後、彼は遠慮なく腹を抱えて爆笑した。

 

 

 

「………ぷっ……は、ははは!」

「あーもう、なんで笑うんですかぁ!酷いです!」

「ああ、ごめんごめん。俺も好きだよ、ハル―――」

 

 

 

未だに笑われながらも、伸ばされた優しい腕にそっと閉じ込められた。ほんの少しだけ、圧迫感が増す。

それでも触れ合える喜びのほうが勝って顔を上げ、目を合わせると、そこから視線が外せなくなった。

残された距離が次第にゼロに近づくのを感じながら、自然と笑みが零れるのが分かる。

 

 

好きだから、触れたい。それがささやかなものでも。おさまらない胸の動悸を抱えて、ハルはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

――――外でそんな顔しちゃ駄目だよ?ハル。

 

 

気の遠くなるような甘い時間の中で、そんな言葉を、囁かれたような気がした。