あいつは、常に柔らかな笑顔を浮かべている。

どこかの子供相手に、わざわざしゃがんで視線を合わせてから話を聞くような男だった。
その後家庭教師だとかいう少年に銃を突き付けられて半泣きになっていたことも目撃した。
それでいて時折見せる真剣な表情は、目が離せなくなるくらい強い輝きを秘めている。


ボンゴレ十代目、沢田綱吉。


――――あいつが居なければ、どんなに良かっただろう。



03. I cannot help thinking so.






「見てくださいこれ、ツナさんに貰ったんですよっ!」




にこにこと満面の笑みを浮かべて主任が言う。手に綺麗な箱を持ち、矯めつ眇めつ眺め、
またへらりと笑み崩れた。一体、この様子のどこを見て情報部のトップだと言えるのか。
普段なら仕事仕事と煩い彼女も、今日だけはこちらが心配になるほど浮かれている。




「……………ああ、それは良かったな」
「はひ、心が籠ってないです。意地悪です」
「あのな、朝から何度目だと思ってるんだ!いい加減しつこいから止めろ!」
「えー…でも、この喜びを皆さんと分かち合いたいんですけど」
「頼むからひとりでやってくれ」




今朝から耳にたこが出来そうなほど聞かされた話によると、何でもボンゴレ十代目ボス
である沢田綱吉から、日頃の感謝と称したプレゼントを貰ったらしい。そういえば彼は
数週間前からローマのほうへ出張していた。お土産―――の、つもりなのだろうか。


悟られないよう俺はちらりとその箱に目をやった。少し大きめのそれは確か美味しいので
有名な高級チョコレートの包みなのでは……。元々甘いお菓子に目がない主任のことだ、
それが何であるかは既に知っているだろう。それゆえの喜びだけだと思いたかった。





「だってツナさんが!くれたんですよっ!」





………この、数分に一回は出てくるあいつの名前さえなければ。









朝一番に執務室に行って帰ってきた彼女の口から出るその名前が忌々しかった。
ツナ、ツナ、ツナ。余りにも煩すぎて、おかげでこっちは仕事がなかなか捗らない。




「はひ、勿体なくて食べられないです……!」




そのまま食わずに腐らせればいい、とか。それとも奪い取って俺が全部食べてやる、とか。
かなり高級なもの故にくれと言えば彼女なら分けてくれる、なんて。意味のないこと。
あいつの想いが籠ったものなんかいらない。見たくもない。それがどんな種類であれ。


そして主任がそれを口にすることすら厭う自分が、我ながら哀れだった。




「あ、でも、折角だから皆で―――」
「あれだけ喜んどいて今更だろ。この状況で誰が食べるか」
「は、はひ、そんなにでしたか……?」
「………。録画でもしとけば良かったな」
「ご、ごめんなさい!」




真っ赤になって照れる彼女に、これみよがしに溜息を吐いてやる。金を出せば買える程度
のチョコレートひとつでこの有様だ。俺なら――それを渡したのが俺だったら?



(想像するまでもない、か……)



昨日帰り道で見つけた出店で買った綺麗な飴細工は、結局渡しそびれたままデスクの中に。


あいつがいなければ。……最近、そんなことばかり思っている。
彼が存在しなければそもそも彼女と出会うことさえなかったのだと。



そんな分かり切ったことは、胸の中で握りつぶした。