初めて彼を見かけたのは、いつだっただろう。


次の日も、彼はそこに居た。
その次の日も、彼はそこに居た。
その次の次の日も、そのまた次の次の次の日も、彼はそこに居た。



――――彼女の隣に。ずっと。


05. But the world isn't allow to know it.




綱吉は手の中の資料を乱暴に机へと放り投げた。衝撃で数枚床に落ちるが気にならない。

数か月前、武が別の場所から引き抜いてきたという青年。その後情報部に配属された。
武が直々に動いたということは、かなり優秀なのだろう。無論本部にとっては喜ばしいことだ。
しかしその有能さゆえに、配属後すぐ主任直轄のグループに入ったのは捨てがたい事実だった。



評判は上々、配属当初こそ少し協調性に欠ける節が認められたが、仕事に支障がでたという報告は
ない。むしろ今では周囲とかなり親しくなっているという。特に主任とはいいコンビだ、と。
昔ほどではないとはいえ時折暴走するハルを見事に抑え、ある時は命がけで守ったという話もある。


―――いいことじゃないか。


綱吉は半ば言い聞かせるようにそう小さく呟いた。
一人でも多く信頼できる仲間が欲しいと思っている今の状況で、彼のような存在は正直ありがたい。
命をかけて上司を守れるような。かといってボンゴレを妄信しているわけでもない、“正常”な。


ただひとつ。ただひとつだけ、どうしても心に引っ掛かっていることがあった。
あれは確か出張から帰って来て、執務室に向かう途中偶然ハルと会った時のこと――――






『はひ、三日ぶりですね!おかえりなさいツナさん。本当にお疲れ様です!』
『ただいま、ハル。元気そうで良かった』
『私は元気なのが取り柄ですから!心配ご無用ですよっ』
『そっか。なら―――いいんだ』




周囲に誰もいないことを確認すると、昔のようにツナさん、と笑顔で呼んでくれるハル。
それがとても懐かしくて、嬉しくて、安心するのが常だった。嫌な仕事の後でも心が洗われるよう。


だがその時。気配……に気付くよりも先に、鋭い悪意のようなものを感じて綱吉は目を細めた。
嬉しそうにこちらを労ってくれる彼女に気付かれないよう、こっそりと視線の主を探す。


いや、探さなくても“彼”はそこに居た。廊下の曲がり角を越えたあたりに。窓に映る、その姿。




(―――おまえなんか消えればいいのに―――)




込められたメッセージを言葉にすれば、こんな感じだろうか。あながち間違ってはいないだろう。

殺したいというわけではない。叛意があるわけでもない。

ボスだボンゴレだマフィアだと、そんなことが一切関係ない次元で彼はそう思っている。消えろ、と。
ただただ純粋なその思いは、常に裏切りを警戒する綱吉にとってある意味新鮮さを持っている。
と同時に、会ったばかりの青年にそのような感情を持たれる心当たりがなかった。



いや、ないと思いたいだけだったのかもしれない。






(何もわからない。わかりたくない。わかってはいけない。
唯一わかるのは―――――ただ、彼がいなくなれば彼女が泣くだろうということだけ。


そしてそれが、自分にとって堪らなく不快であるということだけ―――)