「―――二度とするな!」


激情を叩きつけるように叫びながら、頭の隅で冷静な自分が鬱々と笑うのが分かる。
沢田綱吉。これは、お前の知らない傷だ。お前の知らない『三浦ハル』だ。


…………ああ、この傷が一生消えなければいいのに。



05. The whereabouts of the deeply love




掠れた悲鳴が耳に届いた。瞬間、俺は心臓が止まるほど驚いて即座に振り返る。
見ると、左腕を押さえてしゃがみ込む主任の姿。その指の間からは赤いものが覗いていた。
道路を挟んだ向こうで銃を構える男が目に入ると、視界全てが赤く染まり――――


直後に響いた一発の銃声。


俺は迷わず男を撃ち殺し―――地面に膝をついた主任の傍へと駆け寄っていた。





「何やってるんだよ!」
「いえ、少し、掠っただけで………」





顔に苦痛を滲ませながらも強気に笑ってみせるその姿に、安堵ではなく苛立ちが生まれる。
相手との距離や位置的に、俺を庇ったのは明らかだった。多分とっさの判断だったのだろう。

だがしかし傷つき血を流している主任を見て、俺は溢れ出す感情を抑える事が出来なかった。





「っ、馬鹿かあんたは!ふざけるな!!」
「はひ、な、何ですか?!」
「何じゃない、お前は本当に情報部主任か?自分の立場を弁えろ!!」





なんてことを。頭の中はその言葉だけが渦巻いていた。なんてことをしたんだ、この馬鹿は。
部下を庇い、傷つき、それを悪いことだと思っていない態度。言語道断だ。ありえない。


その小さな身体で、ボンゴレ情報部という重い枷を背負っているというのに――――


それがどんなに重要か、どんなに重大な意味を持つか。彼女は本当に分かっているのだろうか。
俺は苦々しい思いを抱えながら、荒げてしまった声を少し抑えて語りかける。





「いいか、部下を庇うな。部下が上司を庇うならまだしも―――」
「でもそんな酷いこと、私は……!」
「部下を庇っていいのは、庇って尚も自分を守れる奴だけだ!」





その努力も虚しく、主任の反論の声に対比するようにこちらも声が大きくなった。
誰にも傷ついて欲しくない――そう思うのは、彼女の優しい性格と、その甘さゆえだろう。
マフィアという暗闇の世界に十年近くも籍を置きながら、未だにそんな台詞が吐けるのは一種の
才能だと言ってもいい。そして叶うならば、いつまでもその心を持っていて欲しいとも思う。


(だからといって見てみぬ振りをすれば、………主任はいつか誰かを庇って死ぬ)


何の後悔もなく。誰も責めず。ただ笑って逝くのだろうと、考えなくても分かった。





「二度とするな、―――っ、二度とだ!」
「わ、たしは、……っつ…」
「ああほら、いいからじっとしてろ。止血が先だ」





何か言いたげにこちらを見つめてくるのを無視して、上着を脱がせ強引に手当てをする。
幸い本当に掠っただけのようで傷は軽く、俺はそっと安堵の溜息を吐き肩の力を抜いた。


その柔らかな感情の裏で――――何か別のものが湧き上がってくるのが分かる。


これは俺を庇ってついた傷なのだ、と。俺だけが知っている傷なのだ、と。
優越感に似た思いと共に、我らがボス、ボンゴレ十代目沢田綱吉の姿が脳裏に過ぎった。
上司が部下を庇うな、部下が上司を庇うならまだしも。……先ほど自分が言った言葉だ。

この原理でいくなら情報部主任である彼女が庇っていいのは、たったひとり。



(そう、あんたが庇っていいのは、あんたより地位が上のあの男だけだ)



その先に死が待っていたとしても。





もしもそんな日が来たら、あいつは一体どんな顔をするだろう?
絶望か、それとも俺のように、心の奥底で歓喜するのか。



いや、そんな日など永遠に来させはしない――――