それがどんな結果を招くか、分からないほど子供じゃない。
(02.その決意は変わらない)
ぬるい風が通り過ぎる夕方。まだ強い日差しの中、グラウンドには部活動の元気な声が響いている。
今ならまだ間に合うぞ、と己の家庭教師は背を向けたまま、心にもないだろうことを言った。
もしくは本当に、ほんの一筋の逃げ道だけは残しておくつもりだったのかもしれない。
ある日の放課後。話がある、と言われて綱吉は屋上に連れて行かれた。今朝はそんな様子もなかったのに、だ。
山本や獄寺は進路指導室に呼び出されている。一人になるタイミングを見計らったようなその誘いに嫌な予感がした。
「………話って、なんだよ改まって」
「………………」
リボーンは黙ったまま答えない。途中ちらりと見えた横顔はいつにも増して無表情で、どこか遠くを見ているよう。
それでも身に纏う空気だけは、こちらがたじろぐほどの“何か”を秘めていた。これだけ彼の歯切れが悪いのは珍しい。
――――そんなに最悪な話なのかと身構えてしまうほどの、長い時間が過ぎて。
彼は低い声で問いかけてきた。………お前は本当にイタリアに行く気があるか、と。
「な、に……言ってるんだよ?今更……」
「はっ、なんだ結構やる気じゃねえか。ダメツナだった昔とは大違いだな」
「おいリボーン?だから何を言って―――」
「今ならまだ間に合うぞ、ツナ」
マフィアになるなんて事は、前の戦いでもう誓ったことじゃないか―――。そう言い掛けた自分を遮ったその言葉。
何を言われたのか一瞬理解できなくて綱吉は黙り込む。彼はゆっくりと振り向いたが逆光で顔が見えない。
薄く笑みを浮かべた口元だけが、答えを促すかのように。……いいのか、と。音を伴わずそう動いた。
「間に合うって……なにが、」
「ボンゴレを捨てて、一般人として生きるんだ。そしてずっとこの町に―――」
「っやめろよ!それはもう、終わった話だろ!」
思った以上に大きな声が響いて、綱吉は怯んだ。誰かに聞かれはしなかったかと辺りを探る。
見渡す、のではなく探る、という行動を即座に選んだ自分は、既に戻れぬ道を歩んでいるのだ。
ずっと共にいたリボーンにそれが分からないわけがない。質問の意図が読み切れなくて疑問の視線を返す。
視線が合わさること数秒の後。彼は小さな身体をフェンスに凭れさせて、ふう、と溜息を吐いた。
「……なら、いい。ちょっと確認しただけだ」
「確認?今になってなんでっ」
「お前が迷ってるように見えたからな。違うか」
「―――――っ――」
違う。そう反論できなかったのはなぜだろう。そしてなぜ、今、その指摘に胸が痛むのか。
度重なる戦いの中で、歩まねばならない道を自覚した。……どんなに否定しても無駄だった。
この身に流れるボンゴレの血から逃げられない以上、その血が呼び寄せる脅威と闘わなければならない。
そうしなければ守りたいものが守れないのだ。この平和だって、綱吉自身のせいで脅かしてしまう。
「……いや、リボーン。俺はイタリアに行く、それは変わらない。何があっても」
最近になってふと感じる甘さも。それに伴う痛みも、切なささえも。
たとえばそれは、修行のたびに差し入れられるお弁当だったりとか。
たとえばそれは、チビ達と遊んでいる時に見せる柔らかな笑顔だったりとか。
そのひとつひとつが心に刻まれていくのは、迫り行く別れを惜しんでいるだけだろうから。
いつかそれは大切な思い出になって、イタリアで送る厳しい日々を一瞬でも忘れさせてくれるだろうから。
『―――ツナさん!』
誰かが笑顔でそう呼んだ気がしたけれど、聞こえない振りを、した。