長期休暇を取ったのは、イタリアに来てから初めてのことだった。
ただ前に進むだけの日々を
長期―――と言っても、今まで有給を溜めすぎだと上司に半ば怒られる形で取らされたもの。
期間は約二週間。ハルの地位は未だに低いままだが、それなりに信用を得られていたのだろう。
とにかく連絡が取れる状態を保つならば国外でも構わない、とそんな許可も下されてしまった。
それはつまりボンゴレ支部のある………日本でもいい、ということ。
(日本……)
声に出さず呟くと、それはどこか知らない国のような気がした。
イタリアに来てからもう三年が経つ。帰る家も親も何もかもを捨てたのは、まだ記憶に新しい。
もちろんそのこと自体、協力してくれた京子やビアンキ、ディーノを除いては誰も知らないはずだ。
だから多分それは単なる好意なのだ。今事実上ひとりで生きているハルに、里帰りしていいよ、という。
でも帰るつもりはなかった。帰る、という言葉さえ使ってはいけないのだろう。
泣いて止める両親を振り切って、縁まで切らせて出てきた。親不孝そのものだ。彼らにとって娘は死んだも同然だから。
そして唯一言えるのは、もしここで日本に行けばきっと―――出られなくなるだろうということ。
もしかしたら優しい彼がそれすら見抜いて、この休暇に日本行きの許可を出したのかもしれない。
数年前、一緒にイタリアに来た彼らとは会う機会がぐっと減った。仕事で忙しいのもあるし立場も違いすぎる。
それでも何とか偶然の力に頼って会えたとき。少し、話せたとき。彼らはいつも同じ目でハルを見ていた。
まるでそれは憐れんでいるかのような。哀しみにも似た、それでいて安堵が混ざる、複雑な色。
皆はハルに帰って欲しいのかもしれない。最近、そんな後ろ向きなことばかり考えている。
無理矢理ついてきたという負い目もあるし、三年経ってもまだ少しも、あの高みまで近づけない事実が痛すぎる。
一日一日を生きていくことに精一杯で今まで気付かなかった。ハルは――――ひとり、なのだ、と。
(…………っ……!)
その瞬間過ぎった己の思考の断片に息を呑んだ。信じられなかった。信じたく、なかった。
たった今、自分は、逃げたいと思わなかったか?帰りたいと、思わなかったか?
鏡に映った自分は酷く情けない顔をしている。こんな姿を見られたら、勘のいい誰かにはすぐ見破られてしまうだろう。
旅に出よう。とにかく“ボンゴレ”から離れよう。ヨーロッパ内なら大丈夫だろうと何度も自分に言い聞かせた。
それからの行動は我ながら素早いものだった。旅行鞄に必要なものを詰め、パンフレットまで用意する余裕は残っていた。
上司にヨーロッパ旅行をすると告げると、意外そうな顔をされながらも了承してくれた。だからもう行くだけなのだ。
日本組の誰かに連絡は取らない。皆忙しいからと言い訳しつつ――――ハルは中心街にある最寄の駅に向かう。
もしかしたらそれは、ある種の逃亡だったのかもしれない。
そして彼女は知らなかった。足早に駅へと向かう姿を見守る青年が居たことを。
その日限りで三浦ハルはボンゴレに帰ってこないかもしれない―――青年がそんな思いを抱えていたことさえ。
結論から言うならば、彼女は帰ってきた。
二週間後、元気な姿を見せながらボンゴレ情報部で働いているのを多数の同僚が目撃している。
「おい、誰だ?ハルが逃げるなんて言い出しやがったのは」
「ち、違うって!逃げてもいいって思ってただけで、別に逃げるとは……」
「馬鹿が、言い訳すんな。単にお前が“逃げて欲しかった”んだろ?」
彼女が帰ってきたことに、安堵したのは事実だった。それこそ、泣きそうなほどに。
それでももし万が一彼女が逃げた場合は、決して殺さないよう手配する用意をしていたのも消せない事実だった。
「……っ俺は…ただ………」
「そうなったらそうなったで泣き喚くのが目に見えるな」
「だあ!もう、リボーンうるさい!」
「っ、仕事中に抜け出してストーカーする暇があったら、働けこのダメツナ!」
探す俺の身にもなってみろ、と銃を取り出す家庭教師を慌てて宥めながら―――綱吉は考える。
本当は、どっちを望んでいたんだろう、と。