――――喉元過ぎれば熱さを忘れる、ね。
綱吉は内心そう呟いて、冷めた苦いコーヒーを飲み干した。
触れた指先に、そっと
ボンゴレ十代目と情報部主任との臨時会議、もとい情報交換。議題は先日起こった不穏な小競り合いについて。
ハルと二人きりでの打ち合わせ、と言えば聞こえはいいが、その内容たるや暗鬱な気分になること請け合いである。
決して愉快ではない時間を過ごすこと数時間に及び――――幾許かの結論を出せた綱吉は、そっと溜息を吐いた。
向かいに座った彼女もまた、安堵の表情を浮かべ資料を纏めている。………後はこちらで動くだけだ。
無理矢理にでも時間を作って早く皆に報告しないと―――。
綱吉はそう思考を巡らせながら、新しいお茶を淹れますね、と席を立ったハルの姿を目で追う。
(………。……それにしても)
どうも最近、周囲が煩い。以前ほど表立っているわけではないものの、少し動きが活発化している。
毎日提出される書類の間にさり気なく挟まれた、どこかの令嬢の情報だとか。
幹部連中の言葉の端々に感じる、何か。別に正妻でなくとも構わない―――そんな声が聞こえてきそうな。
眠気覚ましにと最初に渡されたコーヒーを一口含み、嚥下すると、嫌な苦みが広がった。
ハルを人生のパートナーにするという選択は、上層部ならば既に誰もが知るところであろう。
危険を避けるため公示は控えているものの、噂が広がるのは止められない。
ゆえにその時リボーンには大活躍してもらったのだ。血筋だなんだと頭の固い、年寄り連中には特にしっかりと。
あれだけ念入りに脅しておいたのに、今更何を言い出すんだあの連中は?まったく。
いい機会だし、この辺りでもう一度釘を刺しておこうか。ついでにどこか抉ってみるのもいいかもしれない。
何か面白いことが出てくるかも―――と些か不穏なことを考えつつ、綱吉は目を閉じる。
こぽこぽと優しく湯を注ぐ音。次第に広がる慣れた香りと、微かに聞こえる彼女の鼻歌。
ハルが心を預けてくれていると確かに感じられる、時間。些細なことの積み重ねが大切な思い出になっていく。
(好き、なんだよなあ……)
だから触れたい。いつの時でも。そう思った綱吉は、音を立てないよう注意しながらハルへと近付く。
お湯を注ぎ終わりポットから手を離した瞬間を見計らって。背後からそっと、こめかみの辺りに指先を伸ばして――――
そのままわざとらしいほどにゆっくりと耳朶をなぞり、首筋に触れてからそっと手を離した。
「っふぇあ?!な、ツナさ、」
「…………っ……!……いや、ゴミ。ついてたよ」
「あ、そ、あありがとうございます……っ!」
なんて声を出すかな、もう。ありもしないゴミを捨てる振りをして、綱吉はこみ上げる笑いを噛み殺す。
本当に誰も分かっちゃいないんだ。胸の底から溢れてくるこの感情が、どんなに深くて重いものかってこと。
目の前で羞恥に震えている、こんなにも愛しい存在を――――どうして手放したりできる?
「もう少しであの、紅茶入りますからもう少し待っててください、あのっ」
「うん。分かってるって」
「どこがですか!いいですかツナさん、机の方で待っ――――」
「……ここで待つよ。駄目?」
「…………うぅ。卑怯、です……」
他の誰でもない、彼女にだけ注ぐこの想いの丈を全て伝えきるなんて、一生かけても時間が足りるかどうか。
だからまあ―――とりあえず。
その赤く染まった耳にくちづけでもしてみようか。