とある土曜日の夕方。
綱吉はビアンキに押し付けられ……もとい頼まれた買い物メモを持って、家の近くのスーパーに来ていた。
楽しみにしていたおやつをポイズンクッキングで毒に変えられそうになっては、その『お願い』に慌てて頷くのが精一杯。
おまけに彼女との会話の途中で昼寝中のリボーンを起こしてしまい、本気で撃たれそうになるわでもう散々だった。
……まあその混乱の中、何とか話を聞いたところによると。
昼間イーピンを引き連れて買い物に行ったらしいのだが、晩御飯の材料の買い忘れがあるとかで―――――
「えーと、じゃがいも、にんじん、たまねぎと醤油と砂糖……って全部重いじゃんコレ!」
(買い忘れとかいうレベルじゃないだろ?!ビアンキのやつ―――)
絶対わざとだ。絶対わざとだ。最初から買う気などなかったのだろうことが明らかに見て取れる。
メモを持つ手がぷるぷると震えるが、かといって買って帰らない勇気はない。そもそもこれは晩御飯の材料なのだ。
母さんが作る肉じゃがの美味しさを味わえないことを思えば、……仕方ないと諦めるしかなかった。
「よいしょ、っと」
沢田家も短い間にかなり大家族になったもので、ご飯の材料も昔の三倍以上にも膨れ上がった。
結構な量を詰め込んだ袋を両手でひとつずつ持つ。日頃の修行の成果なのか、持てないということはない。
その事に少しだけ嬉しさを感じながら、
―――いや、マフィアなんてホントにまっぴらなんだけど―――
そう小さく呟いて自動扉をくぐった。途端、気持ちのいい風が全身を吹き抜けていく。その先には澄み渡った大空がわずかに茜色に染まりつつあって。
今日は良く晴れていた。……多分、明日も晴れるだろう。晴れればいいと、思ってる。
(チビ共が楽しみにしてるしな……。特にケーキとかケーキとか、ケーキとか)
明日に控えたボンゴレ恒例ナントカ大会。いつものようにリボーンがマフィアの掟だと言ってうるさいのだ。
もちろん結局なし崩しにやることになった。準備も当然こちらだけであの赤ん坊は手伝いもしない。
まあそれでも今は、そんなくだらない日々が一番大切なことを知っているから。………断ると速攻で撃たれるし。
「でも雲雀さんとか、本当に来るのかな……ああでもリボーンが呼んだら本当に来るんだよな、あのひと……。
いや来たら来たで怪我人が出そうだし、第一危ないって!ホントあいつ何考えて―――……って、あれ?」
ふ、と。何かに意識を奪われて、綱吉は立ち止まった。見回さずともすぐ視界に飛び込んできたのは、見知った少女。
三浦ハル――彼女は商店街にある手芸店で、店員を相手になにやら真剣な顔で商品を物色しているようだった。
(っな、なんかものすごく見覚えのある着ぐるみ抱えてるんですけど――?!)
作り物とはいえ出刃包丁を持っていたことを理由に、綱吉自身とばっちりで二人警察のお世話になった記憶は新しい。
一体なんであんなものを、と考えて。それが明日の大会の準備かもしれないと気付く。
何をするつもりかは知らないし知りたくもないが。
「……出し物なんか、あったっけ……」
綱吉は足を止めたまま、男の店員と仲良さ気に話をするハルを見つめる。なんだろう、酷く気分が悪かった。
両手に持った荷物は結構重い。だから早く家へ帰ればいい。帰って、止めたままのゲームの続きをすればいい。
吹く風は気持ちいいけど、夕日の照り返しはまだ暑い。そうだ、だから家へ帰って冷たい飲み物でも――――
そう、何度も言い聞かせた自分の足は。……いつの間にか、その店へと向いていた。
「―――ハル?何やってるんだ?」
「はひっ!あ、ツナさん!」
声を掛けると驚きつつも満面の笑みで応えてくれるハルに、何故か安堵したことは気付かないふりをして。
(俺は、その、そう!ハルがまたその着ぐるみで補導されると面倒だと思って……)
何の為かも分からない言い訳を、ただ、心の中で繰り返し続けた。
それから少し話をして、ハルは綺麗な青色のリボンを買って店を出た。結局あの着ぐるみは何だったんだろう。
彼女の家へは途中まで同じ方向なので、自然と一緒に帰ることになった。不思議なことに、特に今は何も感じない。
「ツナさんは、お買い物の帰りですか?」
「ああ、うん。ちょっとビアンキに頼まれちゃって」
「わ、お疲れ様です!…でも重くないですか?ハル、一個持ちましょうか!」
これでも新体操部ですから、体力はあるんです!……そうガッツポーズを決めるハルに、綱吉は思わず口が綻んだ。
背中にあのぶさいくなでかい着ぐるみを入れたリュックを背負っているくせに、そんなことをよく言う。
でも彼女が心底こちらを心配していると、分かるから。分かることが、できるから。
(ホント結構気使うんだよな、ハルって。見かけによらず)
そのことに気付いたのはいつのことだっただろう。彼女の突飛な行動に隠されて、暫くは見抜けなかったように思う。
「大丈夫だよ。これでも昔よりは筋肉ついてきたみたいなんだ、ほら」
「……………っ……」
「…………ハル?」
「は、いえっ!何でもないです、リボーンちゃんのスパルタ教育の賜物ですねっ」
「スパルタ教育って……まあ、否定はしないけどさ」
ほんの少し、会話に間が空いたことが気になったけれど、それは直ぐ彼女の言葉によって掻き消された。
―――修行。スパルタとしか言いようがないそれを、今では嫌がるつもりはない。
ハルも出会った当初と比べ、駄目ですデンジャラスです!と叫んで修行を否定するようなことは少なくなった。
(ビアンキかリボーンがなんか吹き込んだっぽいんだよなあ……)
それでもいつだって、同じ言葉を掛けてくれる。そのことが――――とても。
「とにかくっ!無茶だけは、しないでください」
「……うん、分かってる」
「もし帰ってこれないようなら、ハルが差し入れ持って迎えに行きますから!」
「……うん。ありがとう、ハル―――」
なあ。最近、ハルの言葉がやけに耳に残るんだ。これって、なんなんだろうな?