その想いの行き着く先へ



何かが変わってた。気付かないうちに。 ...02

「うーん……これも捨てがたいですけど、こっちの方が可愛いような……」
 
 
 
ハルはクローゼットからよそ行き用の服をあれもこれもと引っ張り出してきて、部屋中に並べては溜息を吐いた。
どれもぱっとせず服が全然決まらないのだ。明日は折角のパーティーだというのに、どうすればいいだろう?
 
 
先日、親友の京子とお気に入りのケーキ屋で話していると、どこからかリボーンが現れて招待状を置いていった。
突然で驚きはしたが、すぐ『パーティーだなんて楽しそうだね!』と二人で盛り上がったので行くことになり。
そして何より―――日曜日も綱吉に会えることが嬉しかった。
もちろんそれなりに人数が集まるそうなので、料理やお菓子、飲み物などは各自持ち寄ることにして。
(あとは服、だけなんですけど……なかなか決まりません……!)
たかが服くらい。そう思われてもいい。髪形ひとつ、リップクリームひとつで悩むのが乙女心というもの。
 
 
 
「―――ね、ツナさん!これとこれ、どっちが可愛いと思いますか?」
 
 
 
鏡に向かって服を合わせて、にっこり微笑んで。答えが返る筈のないそんな質問を投げかける。
静寂が広がる部屋で、その小さな呟きは壁にぶつかって消えていった。
 
 
 
 
 
―――――それからゆうに一時間が経った頃。
 
ハルの目の前には、一枚のワンピースが広げられている。クローゼットの奥深くに隠すように置いてあった、それ。
思い返せばそれは随分前に買ったものの、少しデザインが大人っぽすぎて着るのを躊躇っていたものだった。
よく行く商店街に出来た新しい店―――ウィンドウに飾られた綺麗なワンピースに、目を奪われての衝動買い。
今なら、着れるだろうか。今なら、着ても服に負けないだろうか。………似合うと、言ってくれるだろうか。
 
 
 
「よ、欲張っちゃだめで……す、けど……」
 
 
 
少しでいいから、その目に留まりたい。一言でいいから、褒めて欲しい。最近そう思う事が多くなっている。
出会ったばかりの頃なら、会うだけで、そして少しでも話が出来れば充分だった。満足していた。なのに。
(好きです、ツナさん―――)
何度も口に出してきたこの言葉を面と向かって言えなくなってきている。胸が――――苦しい。
それにもう今では、その腕に触れることすら………怖い。次に返されるだろう拒絶が、本当に怖い。
今まではそんな些細なことに傷ついたりはしなかったのに。
暗くなる思考を振り切るように、ハルはワンピースに手を伸ばした。一度着てみよう、それで決めよう。
 
 
 
「せっかくの、パーティーなんですから!楽しまなきゃ損ですよねっ!」
 
 
 
張り上げた自分の声が少し震えているのは、気のせいだと思うことにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
出来心だったんです!と誰彼構わず叫びたい気持ちで、ハルは商店街を早足で駆け抜けた。
その背には愛着のあるなまはげの着ぐるみを入れたリュック。脳裏には鏡に映った自分の姿が浮かぶ。
(あああ、本当に、本当に出来心だったんですよ!…はひー!)
あの後ワンピースを身につけて、くるりと回ってみた。ふわりと舞うスカートがあまりにも綺麗で―――ふと。
引き出しに隠しておいた、口紅のことを思い出した。まだ早いと思いながらもつい、花に勧められて買ってしまった。
淡いピンク色の……それでも普段つけている色つきリップクリームとは比べ物にならない鮮やかさ。
 
どきどきしながら、震える手でそれを唇に乗せたときの感触は―――。でも、とにかくその後が問題だった。
 
 
大人っぽいワンピースを着て、髪を下ろして。唇はグロス効果のある口紅で濡れて光っていた。いつもと違う自分。
それが、まるでデートに行くような格好だ、なんて。そしてその情景をいつものように妄想してしまって。
(ああもう、お馬鹿!ハルはお馬鹿さんです!つ、つつツナさんとデート、なんて!)
自分の妄想に打ちのめされたのはこれが初めてだった。妄想に浸るよりも先に恥ずかしさが全身を襲った。
部屋中を転げまわりたくなって、でも、自分の着ているワンピースがそれを許さなくて。本当に涙が滲んできた。
慌てて口紅を拭って服を脱ぎ、普段着に着替え。それでもまだ落ち着かなくて、そのまま外へ飛び出した。
 
 
―――無意識にもなまはげの着ぐるみを入れたリュックを掴んでいたのは、今日補修用の糸を買う予定があったから。
 
 
行きつけの手芸店目指して走り歩きしていると、次第に呼吸が落ち着いてきた。頬の赤みも引いただろうか。
自分が変わっているのには気付いていた。些細な妄想でも、誰が聞いている訳でもないのに穴に入りたくなる。
 
 
 
「はひー、いったいどうしちゃったんでしょう………ハル、病気でしょうか……」
 
 
 
彼が好きな気持ちは変わらないのに。気持ちの量すら変わってないと、むしろ増えたと、絶対そう言い切れるのに。
ハル自身がどうしたいのか、どうなりたいのか。それが今になって分からなくなってきていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
慣れた店に入ると、いつもの店員が笑顔で手を振って近づいてくる。すぐこちらも笑顔を返した。
 
 
 
「こんにちは、今日は何探してるの?」
「はい!これ……あ、前のなまはげなんですけど。この部分と同じ色の糸ください」
「おっこの間の力作だね!わかった、ちょっと待ってて」
 
 
 
店員が奥に引っ込むのを何となく見送っていると、目の端に映った水色のリボンに意識を奪われた。
あのワンピース――髪を下ろすより、こんなリボンで一部を纏めた方が自分らしいかもしれない。
ハルはなまはげを左手に抱えて、そっとそれに手を伸ばした。触れた瞬間の柔らかな手触りに思わず笑みが零れる。
 
 
 
「お待たせ、これお釣りね―――って、あ。そのリボン新作なんだ、可愛いでしょ?」
「はひ、すっごくすっごく可愛いです!」
「それ気に入ったなら、こっちも見てみる?同じシリーズなんだけど」
 
 
 
あれやこれやと次々出されてくるリボンと、家に置いてきたワンピースとを頭の中であわせてみる。
口紅は少し背伸びしすぎたかもしれない。その代わりこの中で一番似合うものを選んで、明日つけていこう。
ハルハル感謝デーに食べるケーキを決めるときより真剣に、ハルは考え込んだ。
 
―――だから、気付かなかったのだろう。いつもなら彼がどこにいたって分かる自信はあったのに。
 
 
 
「―――ハル?何やってるんだ?」
 
 
 
彼の声が、耳に飛び込んできて――――ハルは思い切り目を見開いた。