不思議といつもより少し硬い声が耳朶を打った。そんな微妙な違いにも不安になりながら声がした方へ振り向く。
すると、そこには買い物袋を両手に提げた綱吉が立っていて―――その姿に、どきりと胸が鳴った。
「はひっ!あ、ツナさん!」
「あれ、お友達?じゃあ俺はレジに戻ってるね。買うなら声掛けてー」
「……っ、あ、はい……」
去り行く店員を何故か引き止めそうになってハルは惑った。綱吉に会えたこと、それは物凄く嬉しいことなのに。
ただその意味不明な困惑も、直後に響いた彼の声に霧散する。……一瞬で意識が現実に引き戻された。
「何を真剣に選んで…って、リボン?……まさかそのなまはげに付けるとか?」
「ち、違いますよ!これは明日の―――」
「明日?」
「いえ。明日の…パーティーに、付けていこうかと思って」
「――え」
パーティーっていうかボンゴレ恒例行事なんだけど。などという綱吉の呟きは耳には入らなかった。
ハルの目の前にはふたつ、シリーズの中でも特に気に入ったものを置いてある。どちらにしようか迷っていた。
―――そして今、自分は何を口走ろうとしただろうか。『どっちが似合いますか?』……そう、問おうとしなかったか。
欲張ってはいけないのに。こんなことを言って、どっちでもいいと答えられたら傷つくことを知っているのに。
「ま、いいか。どうせ食事パーティみたいなもんだし」
「…………ツナさん、は」
「ん?」
「ツナさんは、どっちが好きですか?ほら、可愛いと思うほうを選んでくださいっ!」
全然決まらなくて困ってたんです、悩んじゃって。そう付け加えれば、彼はおかしそうに笑ってくれる。
いつもみたいに―――“綱吉の”好みを聞いて。ハル自身のこととは切り離してと判断を委ねた。いつもそうだった。
彼は仕方なさそうに、それでも最後には答えをくれるのだ。うざがる素振りは見せても無視することはない。
(それで……それで、充分なんです。満足です)
そう自分に言い聞かせなければ、貪欲に何もかもを求めてしまいそうだった。
「うーん…俺、リボンとかよく分からないけど。……こっち、かな」
「はひ、ありがとうございますツナさん!ちょっと買って来ますね!」
予想通りちゃんと答えてくれた綱吉が指差した方のリボンを引っつかんで、そのままレジへ直行する。
―――その、背中に。小さく。聞かせるつもりがあったかさえも疑わしいほどの。
「……やっぱり。そっちの方がハルに似合うよ」
その場に崩れ落ちなかったのは、奇跡だったのかもしれない。
レジに待機していた店員にリボンを渡し、会計を済ませて一緒に手芸店を出る。
心臓が常になく五月蝿かった。綱吉自身、何も考えていないだろうことが一番腹立たしい。…けれど、嬉しい。
偶然会えて、しかもあんな言葉を掛けて貰えるなんて。今日は一体どんな幸運の女神様が降りてきたというのだろう。
交わす会話の中でどんどん弾んだ声になっていく自分を、なかなか止めることは出来なかった。
「……それで手芸店に行ってたんです!そういうツナさんは、お買い物の帰りですか?」
「ああ、うん。ちょっとビアンキに頼まれちゃって。……押し付けられたとも言うけど」
「わ、お疲れ様です!…でもそれ重くないですか?ハル、一個持ちましょうか!」
綱吉が軽々と持っているように見えたふたつの袋は、一瞥するだけでもぎっしりと詰まっており、かなり重そうだ。
背中のなまはげの重みさえ忘れてそう提案する。―――けれどそれは柔らかな笑顔で却下されてしまった。
「大丈夫だよ。これでも昔よりは筋肉ついてきたみたいなんだ、ほら」
「………………っ……」
その、笑顔が。目に、焼きついた。
そして何より、重い袋をダンベルのように幾度か上げ下げして、それでも顔色ひとつ変わらないことに。
ハルは咄嗟に息を止め、必死で頬が赤くなるのを抑えるのに精一杯だった。彼も、変わってしまった。どこか。
(ツナさん、ほんとに、ずるいです……!)
少年、ではなく。男の人だ、と。今更ながらにそんな自覚をしてしまったわけで。
「…………ハル?」
「は、いえっ!何でもないです、リボーンちゃんのスパルタ教育の賜物ですねっ」
「スパルタ教育って……まあ、否定はしないけどさ」
「崖を上り下りしたり、滝に打たれた甲斐がありましたねっ!」
「いや滝関係ないから!筋力関係ないから!」
僅かに遅れた反応を誤魔化すように、必死で声を張り上げた。これ以上隣にいたら心臓の音が聞こえてしまう気がして。
今すぐに走り去ってどこかに隠れてしまいたい。自分の部屋、電柱の影、ああ、草の茂みだって構わない。
胸の奥で生まれた何とも言えない感覚が喉までせりあがってくる。
もう、駄目。もう限界。―――ああもう、だからっ!
気持ちが爆発してしまいそうになった、その瞬間。……待ちに待った、分かれ道が目の前にあった。
「じゃ、じゃあツナさん。また明日、です!京子ちゃんと、とびっきり美味しい料理用意しますから!」
「うん、明日な。楽しみにしてる。でも気をつけて帰れよ!」
「はい――!ではさようなら――!」
挨拶もそこそこに急いで離れる自分の顔は、きっと耳元まで赤く染まっていただろう。
楽しみにしてる。そんな一言でさえも、今は胸に突き刺さって、ハルに鈍い痛みをもたらした。