その想いの行き着く先へ



水面下で動くものたちは ...10

奇妙なことになってきた―――リボーンは嘆く綱吉を見ながら、内心そう呟いた。
あいつは漸く自分の気持ちに見切りをつけた。今まで何らかの感情の間で揺れ動いていたことを知っている。
(結局ハルを、選んだか……)
今になってなんで、と悩んでいる彼を見たとき、ぼんやりと“ああその時が来たか”と思った。
今になって気付いた、というのは正しくない。今にならなければ気付くわけにはいかなかった、ということだろう。

―――それは無意識に綱吉自身が、もう気付いてもいい状態だ、と決めたことと同じ。

度重なる戦闘の中で気付いたはずだ。最も大切な人間を作ってしまえば、同時に最大の弱点を作るということに。
そして今までの綱吉では……その誰かを常に守りながら戦うだけの力がなかった。
もちろんあいつはこれからも強くなる余地はあるし、まだまだボンゴレの頂点に立つには物足りない。
だが、“守る”ことに関してだけは―――必要最低限のレベルをクリアしたと言ってもいい。

その状態になった今、昨日のパーティーで何かしらのきっかけを得たのだろう。だから気付いた。当然のことだ。




(とはいえ、肝心のハルが今になって及び腰になってるとは………)
公園の片隅で泣いていたハルを見つけたのはリボーンだったが、真っ先に駆け寄ったのはビアンキだった。
何かしら共感するものがあるのか、彼女はハルに酷く甘い。綱吉に対する仕打ちと比較すればもう、………。
とにかく、雰囲気的にビアンキだけの方がいいだろうと判断し、近くの木の上で話だけを聞いていた。

―――ハルの綱吉に対する態度が変わったのは、当事者以外なら薄々気が付いていた。
というより気付かない方がおかしい。そのこと以外は普通だったので、直接尋ねることも憚られて。

まさか諦めたのか、彼女に限ってそんなはずは――――そう思い始めていた矢先の、綱吉の変化。
(どうにもこうにも、すれ違いばかりしてやがる。ややこしいことこの上ない)
ハルの本音を聞いた。彼女は、己の想いが叶うわけがないという確信を根底に、日々を生きている。
ごたごたが片付いて得た、ささやかな平和な日々に思い知ったのだ。これはいつか、終わりが来る時間なのだと。


………それはリボーンのせいでもあった。
綱吉に過酷な修行を課す度に……泣きそうな顔で抗議してきたハルを、昔、諭したことがある。
今やっていることがどんな意味を持つのか。それを止めれば、いったいどれだけの被害が出るか――――

望まずとも“守られる側”のハルには何も言えないことを分かっていながら。………ある意味、突き放した。
ショックを受けて走り去るのをただ黙って見送った。追いかけるつもりも、フォローするつもりもなかった。

これでもう、以前のように無邪気に話しかけてくることはないと思っていた。


(なのに、次の日には復活してたんだからな。まったく―――)
目を真っ赤に充血させながら『だったら、応援します!』と来た時には正直、開いた口が塞がらなかったほど。
時折京子まで巻き込んで、今では差し入れのオンパレードだ。そのせいか綱吉のやる気も下がることはなくなっている。

ありがたいのは事実だったが、……よりによってそれがこんなところに影響するとは……。
リボーンはこれからどうするか、と溜息を吐く。綱吉の尻を叩くか、それとも―――ハルの方を説得するか?



「ちょ、聞いてるリボーン?!だからなんでハルが泣くんだよ!」
「うるさい。俺は今忙しいんだ」
「忙しいってどこ……っ、ビアンキ!」
「プライバシーの侵害だわ。警察に突き出すわよ」
「っ、ああもう!そうやってはぐらかすの止めてくれないかな!」



どう動けば、全てが丸く収まるのだろう。リビングで喚き続ける教え子をあっさり無視して思考の海に沈む。
この先何十年も続くだろう日々を思えば――――そう、本来ならここでこの想いを捨てさせるべきだった。
リボーンならば出来る自信がある。綱吉は生来の優しさゆえに他人を優先してしまう人間だから。
言葉を尽くして一番痛いところを突けば、その恋を諦めさせることはあまりに簡単だったろう。


そうしないのは―――そうできないのは。


綱吉をイタリアに連れて行くことが決まっている以上、彼の望みならば出来得る限り叶えてやりたかったからだ。
それにマフィアになってしまえば、どんなに辛かろうと前を向いて歩いて行くしかない。
心が折れそうになる時もあるだろう。その時に誰か……何のしがらみのない誰かが、隣にいればいい、と。

(……俺も大概、甘いな)
ビアンキのことを笑えないくらい。イタリア随一の殺し屋として、格好をつけることも出来ないくらい―――。
それでも今は沢田綱吉の家庭教師だからと、おおよそ意味のないことを考えて。



「なら、ツナ。明日ちょっと玉砕してこい」
「ぎょ…玉砕?!俺振られること前提なの――?!」
「骨は拾ってやるから安心して砕けてこいよっ!」
「なにその爽やかな笑顔!リボーン、口調違うっ!」
「まあ、行ってらっしゃい。パーティーの用意をして待っててあげるわね」
「嫌だよ!それポイズンクッキン…ぐはっ………!」



力一杯否定してビアンキの怒りを買う綱吉を見捨てつつ、リボーンは微かに唇を綻ばせた。

あまり時間を置けば余計こじれる。考えても無駄だ、なぜならこいつは恋愛面では救いようがない位馬鹿だしな。
態度が変わっても、言葉がなくても、ハルの瞳にはいつも同じ光が宿っている。
それに気付かないような馬鹿は―――。
まあ、万が一玉砕してそれで諦めるようなら、その恋は最初から必要ないってことだ。


―――――最後に何を選ぶかはお前の自由だぞ、ツナ。