その想いの行き着く先へ



一歩を躊躇って、何を失う?...11

翌日の早朝。ふと目が覚めてしまった綱吉は、次の瞬間目を開いたその状態のままびしりと硬直した。

視界に飛び込んで来た“それ”。何ともいえない色の、もさもさとした外見は明らかに見覚えのありすぎるものだった。
彼女はつぶらな瞳だと言い張るが絶対そうは思わない。これで偽物とはいえ包丁を持てば補導されるのも当然である。
綱吉は自分の部屋にいつの間にか置かれていた“それ”から、目を逸らす事が出来なかった。



「…………………」



しんと静寂が広がる部屋。リボーンの寝息が微かに耳へ届くが、やはり横になったまま動けない。
まあ、それが何かは分かった。――――問題はなぜ、“それ”が、この部屋の天井にはりつけられているか、だ。

起きた瞬間にあのある意味凶悪な面とこんにちはである。正直な話、心臓が止まるかと思った。
そんなことをつらつら考えながら深呼吸をひとつ。……少しだけ落ち着いてきたような気がする。
(つーか、なまはげだよな。ハルのなまはげノーマルバージョンだよな、これ)
パーティーの時に来ていたスリムタイプとやらではない、初代なまはげそのものだった。

そしてよくよく見ると、天井には何か網のようなものがへばりついていた。あ、なんか顔がついてる――――



「って、レオン――?!おいリボーン、何やってるんだよっ!」



正体に気付くや否や、綱吉はがばりと起き上がってそう叫んだ。
その直前まで、眠りを妨げると最悪に怖い赤ん坊を起こさないよう気を使っていたことも、すっかり忘れて。

しかしそんな重要なことを思い出せないくらい焦っていた。このなまはげはハルの持ち物で間違いない。
だが昨日までは無かったのだ。少なくとも―――綱吉が眠りにつく前までは、確実に。
その頃には既に日付が変わっており、“借りて”きた訳ではないのは明白である。つまり、盗んできたのだろう。

リボーンが。あるいは、リボーンに脅されたランボが、かもしれない。

(ああいや、ランボはないか。泣いてバズーカ出すかもしれないし)
綱吉は一度頭を振ると、ベッドを飛び出してリボーンが寝ている小さなハンモックへ近づいた。


真夜中、ハルの家の前でランボがバズーカを撃ったのは事実だったし、その後リボーンに脅された十年後ランボが
こちら側にいられるその数分間で、彼女の部屋になまはげのぬいぐるみを取りに行かされたのも事実だったが。
―――ちなみに後日、それを知った綱吉が激怒して暴れるのだが―――それはまた別の話である。


とにかくレオンがなまはげを天井に縛り付けている以上、リボーンが関わっていないわけがない。
怒られようが撃たれようが、まずは事情を説明してもらう。そんな覚悟を決めてその場所を覗き込むと………

そこに居たのは、いや、あったのは、………寝息だけを繰り返すリボーンの精巧な人形だった。



「……え?なにこれ。リボーン?」



思わずそろりと慎重になって、それを抱き上げる。と、小さな紙切れがその人形から零れ落ちた。
嫌な予感がしつつも手を伸ばし――――そこに書かれていた文章に、綱吉はへたりと膝から床に崩れる。
ご丁寧にイタリア語で書かれた伝言。スパルタ教育の一環でイタリア語も勉強させられていたから、一応読めた。



『ハルに会いに行く口実を作ってやったぞ。海よりも深く感謝しろ』―――――
「なんでそう極端なんだ、あいつはっ!泥棒しといて俺に返しに行けってなんだよ!!」



腹の底から搾り出した魂の叫びは、爽やかな朝の空気に吸い込まれて虚しく響くだけだった。









一方その頃、ハルは断続的に届く小さな音で目を覚ました。
寝惚けた頭でそちらを見やると、驚いたことに誰かが窓を叩いている。
咄嗟に悲鳴を上げかけたが、ガラスの向こうに見える姿にふっと安心して肩の力を抜いた。………ビアンキだった。



「ビアンキさん!はひ、どうしたんですかこんな…時間……に――――」



慌てて窓を開けて招きいれ、用を尋ねる声がどんどん尻すぼみになっていく。ハルはとうとう口を閉ざした。
というのも、ビアンキの表情がとても暗く、それでいて酷く真剣な面持ちでじっと見つめてきたからだ。

―――まさかまた何かあったのだろうか。マフィアだなんだと、また皆が闘わなければいけないのか。



「ねえ、ハル。よく聞いてちょうだい。一度しか言わないから」
「ビアンキ……さん?いったい、何が、っもしかしてまた、」
「いいえ、そういうわけじゃないのよ。ただ個人的に、ハルには教えておいたほうがいいと思って」
「…………ハルに、ですか?」



誰かに危険が迫ったわけでも、新たな襲撃でもないという。ひとまずそれに安堵したが、それならば何なのだろう。
個人的に、と彼女は言った。つまりそれは、知らせる必要性のない情報ということになる。

緊迫した雰囲気と、沈痛な色を瞳に浮かべたビアンキの姿。無意識に両手を握りしめ、ハルはじっとその言葉を待った。




「―――ツナの、イタリア行きの日程が決まったわ」




イタリア?


予想外の言葉に、目の前が真っ暗になった。イタリア。イタリアへ行くことはすなわち、マフィアになること。
綱吉がイタリアに行く、その日程が決まった――――――ハルが最も恐れていた“終わり”が、突然現れたのだ。
(どうして、……どうして?だって、ツナさんはまだ中学生で)
心の中の疑問を読んだように、ビアンキの声が追い討ちをかけてくる。現実だと、分からせるように。



「仕方が無いのよ。もう少し待つつもりだったけど、九代目……前任者が、ね」

倒れてしまって。

「そんな―――」
「だから、ハル。ちゃんと考えて。今しか気持ちを伝えられないのよ?」
「…………っ……」
「後悔したくないのなら、―――行きなさい」



手遅れになる前に。
ハルはぎゅっと目を瞑って、その優しい警告を聞いていた。