その想いの行き着く先へ



変化を乗り越えて...12

朝日が昇る。変わらぬ外の景色。そして場所さえ違えど、同じように床にへたり込んで動けない二人。

ひとりはただ、家庭教師に託された“口実”という名の盗品を抱きかかえたまま呆然として。
もうひとりは―――予想外に早く迫った別れと、己の手で恋を終わらせるという選択肢の間で揺れていた。






見つかると少しまずいから。そう言って、ビアンキは止める暇もなくまた窓から出て行ってしまった。
そんな無理をしてまで、わざわざハルにあの情報を伝えてくれたのか。―――知らせる必要がないと判断されたものを。
(………ツナさんが、イタリアに………)
このまま黙っていれば想い人は遠い世界に行ってしまう。そしてこちら側に戻ってくることは二度とないだろう。

獄寺はもちろんのこと、山本も雲雀も、笹川のお兄さんも一緒についていくに違いない。同じくクロームも。
彼らはいつだって共に居たのだから。いつも力を合わせ、命を掛けて闘ってきたのだから。そうする資格を持っている。
(でも、ハルは――――)
マフィア。それは想像すら出来ない世界。まずは皆日々生きていくことがそもそも大変なはずだ。
そしていつか、ハルのこともこの並森の日々のことも、全部思い出になって。……新たな思い出にかき消されていく。

『後悔したくないのなら、―――行きなさい』告白しなさい、と優しく背中を押してくれた、ビアンキの声が蘇る。
そうだ、二度と会えなくなるのに、今伝えずにいつ伝える?どうやってもこの想いからは逃げられないのに。

ただその選択肢を取るということは………この恋をこの手で終わらせることだと、ハルは痛いほどに知っていた。




初めて会ったころ、綱吉は別のひとを見ていた。でも彼が誰を思っていようと構わなかった。気にならないと思い込めた。
それくらい浮かれていたのだと思う。それは今まで生きてきた日々の中で、最も楽しい時間だったから。
もちろん今は……どうか分からない、けれど。ハルがそうであるように、人の気持ちは、簡単に変わりはしない。

イタリアへ行く彼を見送って、いつかこの想いが自然と消え去るのを待つのか。
それとも今、彼がどう思おうと全てをぶつけてすっきりして、―――前へと、進むのか。



「……ツナ、さん」



ハルはその日、人生で初めて学校をずる休みした。










「じゅ、十代目?それは……まさかあの、」
「あ、それハルがあのパーティーで着てたやつか?随分でかくなったな!」
「……いやそれはスリムタイプ。こっちはオリジナルの方なんだけど……」



とにかく気を持ち直して部屋から出ると、リボーンだけじゃなくビアンキもいないことに気付く。
首を傾げながら朝食を摂り、渋々なまはげも連れていつもの待ち合わせ場所に行った。
家中を探したが、この着ぐるみを全て隠せるような袋が見つからず、一部だけ外に出てしまっている状態で。

一度見たことのある人間ならば忘れられないインパクトがあるものなので、彼らにはすぐにばれてしまった。
おはようと言う暇もなく突っ込まれて、綱吉は苦笑を浮かべるしかない。



「なんかさ、リボーンが盗んできたらしくて。もう朝っぱらから訳わかんないよ」
「そんな……ああでも、アホ女の為に十代目の手を煩わせるわけにはっ!俺が行きましょうか!」
「はは、ありがとう獄寺君。でも俺が行くよ。ちょっと……話も、あるし」
「そっか。じゃあ今日は一緒に帰れねーなぁ」



言うだろうなあと思った通りの台詞に、更に笑みが深くなる。……とてつもなく嫌そうな顔だったから、余計に。
会えば必ずといっていいほど口喧嘩をする二人。その遠慮のなさが、―――ほんの少し羨ましかった。
あれだけぽんぽんと言葉の応酬が出来るのは、決して嫌い合っているからではないと思う。
(多分、結構似てるんだろうな……ふたりとも)
本人達に聞かれたらそれこそ怒られそうなことを考える。と同時に、落ち込んでいる自分がいるのも分かっていた。

あれだけ好きだ好きだと言ってくれていたのが、いつのまにかぴたりと止まったとき。
それでも、ハルの皆に対する態度は一切変わらなかった。獄寺との口論も。だから余計気付かなかった。
なんで俺だけ―――そう考えれば考えるほど、出てくる答えは自分にとって最悪なもので。



「俺ってホント、肝心な時に限って一歩出遅れるんだよなあ………」
「ん?……んー。俺はそうは思わねーけどな」



心の中で呟いたつもりが声に出ていたらしい。その小さな声を隣にいた山本が拾って、さり気なくそう返してくれる。
そしてそれが余りにも確信に満ちていて。決して慰めではなく、事実だけを伝えていることを綱吉は感覚で理解した。



「……そう、なのかな」
「何言ってんすか十代目、あったりまえじゃないですか!」



気付けば前を歩いていた獄寺もこちらを満面の笑みで振り向いていた。彼は地獄耳だったな、とふと思い出す。
これほど心強い友が、他にあるだろうか。親友で、仲間で、そして―――戦友という名のファミリー。

綱吉は重く沈んでいた心が少しずつ、浮上していくのを感じていた。玉砕がなんだっていうんだ?
今までずっと彼女の言葉を聞くことさえしなかった自分が、しかもまだ何もしていない状態で勝手に落ち込んで。
(やるだけ……やってみよう。後のことは、それから考える!)
特に重たいとも思わないなまはげを背負いなおして、いつの間にか止まっていた足を動かす。まずは学校だ。



「お。ちょっと元気になったか?」
「うん、二人のおかげだよ。―――それとついでに、言っておきたいことがあるんだけど―――」
「何でもお聞きします十代目っ!どうぞ!」
「あのさ。……俺、今日、ハルに告白してくる」



心穏やかに、するりとその言葉が出た。恥ずかしくて隠したかった昨日が、遠い日のことに思えるくらい。
二人は見る間に硬直して、やがて意味を知るに従って顔が驚きに染まっていく。



「…………………え?」
「……こっ……こく、は、く?………」



直後に響いた獄寺の絶叫が、なぜか無性におかしかった。