叫ぶだけ叫んだ獄寺は魂が抜けたようになり、少し心配だった。しかし掛けるべき言葉も見つからない。
助けを求めるように山本を見ると、明日には戻るんじゃね?という軽い言葉を爽やかな笑顔付きで頂いた。
まあ、何だかんだ言って綱吉より付き合いの多い二人である。感情の機微もお互いよく知っているだろうし―――。
確かに深刻そうな色はなかったので、その言葉を信じ、山本と力を合わせて学校まで引っ張ってきたのである。
そしてやってきた昼休み、屋上にて。
いつものメンバーで弁当を食べていると、どこからか現れたリボーンが音もなく山本の肩に座った。
「………え、休み?」
「らしいぞ。そういう訳だからツナ、帰りにハルの家に行って来い」
「そりゃ言われなくても―――ってかリボーン!今までどこ行って……」
「ボンゴレとの定期連絡だぞ」
「お前日曜日にもんなこと言ってただろ?!それ本当なんだろうな!」
そしてハルが学校を休んでいる、という情報をもたらしたのだ。なぜか作為的な気がするのは気のせいか。
しかしあの真面目なハルが休みということは、風邪でも引いたとしか考えようがない。
病人に告白は―――。一瞬そう思ったが、話をするにしろしないにしろ、お見舞いに行きたいのは確かだった。
(このなまはげも返しておきたいし。ハルの宝物だもんな)
力作だと熱心に語る彼女の、楽しそうなことといったら……。そう思い返していると、いきなり顔を叩かれる。
「いてっ!」
「ぼけっとすんな。お膳立てはしてやったんだから、後はお前次第だぞ」
「いやリボーン、あのなまはげがお膳立てとか理解できないんだけど」
「………ふん。そいつはどうかな」
「そのアンニュイな表情で意味深に呟くのやめて!頼むからやめて!」
ご丁寧にちゃき、と銃まで構えての台詞である。寒いを通り越して嫌な汗が背中に流れた。
(こいつがこんな顔してる時って、決まって超迷惑なことが起きてるんだよなあ……)
ただそれを指摘したところで、既に起こってる事に関してはもうどうしようもない。考えるだけ損だろう。
綱吉は無理矢理その思考を頭から追い出して、心を落ち着かせる。何があっても言うべきことは変わらない。
「……でも、ありがとな。リボーン」
ふざけた口実だって、こうやってハルの場所を教えてくれることだって、根本はきっと綱吉の為だろうから。
それが―――半分以上、揶揄に満ちた嫌がらせに近いものだったとしても、だ。うんまあ確実にそうだろうけど。
何度も話を聞いて、不親切にも分かりにくいアドバイスをくれて、最後に背中を蹴り飛ばしてくれたから。
照れながらもしっかりそう礼を言うと、リボーンはその帽子で表情を隠しつつしょうがねぇな、と呟いた。
(――――こいつがこの時、爆笑しそうになってたことなんてホントに全然知らなかったけどな!)
どちらを選ぶのか。その答えはいつまでも出ない。
早くどちらかを選ばなければ、選べなかったその後悔さえ背負わなければいけないのに。
たった四文字の言葉。いや、二文字でも同じことか。そんな短い言葉を口にできなくて苦しんでいる。
ハルはご飯さえもろくに喉を通らず、心配そうな両親の視線を振り切って自分の部屋に逃げ込んだばかりだ。
聡い母親のことだ、仮病だということは気づいているかもしれない。今日はゆっくりしていなさいと言ってくれた。
ビアンキの言葉がいつまでも頭の中で渦巻いている。行きなさい―――後悔したくないのなら。行きなさい。後悔を、
「どっちでも、後悔するじゃないですか……っ」
イタリアに行くという綱吉を、笑って見送り、この想いが消えるいつかを待ちながら生きていくのと。
行く前に気持ちを伝えて、………恋の終わりを自ら迎えるのと。きっと、どっちを選んだって後悔する。
伝えればよかった。伝えなければよかった。その違いだけなのに。ならばいったいどちらがより苦しいのだろう?
でもどちらかと言えば、ハルは前者を選ぶほうに傾いている自分に気づいていた。
だってそれなら、伝えたりしなければ、ハルはいつだって彼の中で“友人”でいられる。
その記憶がやがて薄れていくとしても―――もう二度と会うことさえ出来ないのなら、永遠にそれを知ることはない。
もしその道を選んで、一生彼のことを忘れられなかったとしても。耐えることならできる気がした。
綱吉達と過ごしてきたこの数年間が、本当に、あまりにも楽しかったから――――。
それだけでも、綱吉や皆に出会えたことは黄金の価値があった。この恋が消え去っても色褪せない宝物。
ベッドの上に横たわり、ハルはそっと目を閉じた。この記憶だけは何があっても忘れないようにしよう。
( すき、です )
声に出せなくなったその言葉を何度も心の中で繰り返しながら、いつしか意識は闇へと沈んでいった。
夢を見た。大好きなあのひとが、優しく頭を撫でてくれる。そんな幸せな夢。
すうっと意識が浮上したのは何がきっかけだったのだろう。まだこの夢の中にいたいのに―――。
ぼんやりとした感覚の中で、反射的にゆっくりと瞼を開ける。と、頭上から慌てたような声がした。
「あ、いや、別に寝顔を見てたとかいうわけじゃないからっ!」
「………は、ひ……?」
言われていることが理解できなくて、思わず聞き返した。それにこの声、聞き覚えがある………。
「単にお見舞いに来ただけなんだけどさ、なんか上がってとか言われちゃって!ああごめんその、まさか寝てるとは」
思わなくて。早口で畳み込むように続けられる言葉を、頭が理解するのに随分と時間を要した。
そしてそれを紡いでいるのがいったい誰なのか―――ということ、も。
「…………。………ツナ、さ……ん?」
「よく寝てるみたいだったから起こすのはまずいと思ってさ!帰るタイミングを逃したというか」
「―――――っ――!」
「本当にごめん―――って、ハル?!ちょ、ハル―――!」
ブラックアウト。大好きな声に名前を何度も呼ばれながら、ハルの意識は再び沈んだ。