「………なんだって?」
疑問を顔一杯に浮かべるという、かなり珍しい様子を見せたリボーンを気に留めることもなく。
綱吉はただその小さな肩に縋ってそのままがくがくと揺さぶった。気持ちを自覚した今の自分にとっては大事件だった。
あんなに―――そう、所構わず誰が居ようと、時には大声で叫んでいたはずの、彼女の言葉が。
(最後に聞いたのは……いつ、だっけ……)
ああ、どうして気付かなかったのだろう。少し思い返すだけでもその違いは明らかだった。
そういえば、無理矢理腕を組んでくることも無くなったような気がする。そうだ、いつだって隣に割り込んできたのに。
いつから?記憶を探っても、その境界線は曖昧で分からなかった。いつから、変わってしまったのか。
「…………い……」
平和だった時、戦いが始まった時、修行した時、勝った時、そしてまた新たな戦いが始まった時――――――
今に至るまで全ての道筋を辿っても、答えは出ない。いつから。そんな簡単なことさえ分からないなんて。
「……い、こら………」
会えば必ず、その日別れるまでの間に一度はその言葉を聞いていた。多い日は十回近く。……だから?
だから、慣れていったのだろうか。聞き流していたから、ぷつりと消えても何も思わなかったのだろうか。
いやそれよりも、なぜハルは言うのをやめたのかが重要だ。……でも多分それは、考えなくても分かること。
“言葉”を作り出していた“気持ち”そのものが変化した。あるいは―――――消え、た?
「てめえ、ツナ!聞いてんのか?!」
「……………えっ?」
「愛しのリボーンを無視するとはいい度胸ね。喰らいなさい!」
「っぎゃああああああ!」
気が付いた時にはもう虫の湧いた紫色のパイナップルが顔面すれすれに迫っており、綱吉の意識は再び闇に包まれた。
幸いなことに、ビアンキのポイズンクッキングの犠牲になったのはパイナップル一個で済んだらしい。
食後のデザートとして出されたもう一つの綺麗なパイナップルに、綱吉は複雑な気持ちでフォークを突き刺す。
やがて口の中に広がる甘酸っぱさが、なぜか自分の心を表わしている気がして更にどんよりと気分が落ち込んだ。
「その陰気くさい顔をやめろ、ツナ。折角のデザートが不味くなる」
「自分だけアイス食っといて何言ってるんだよ!っ大体……その、………」
「…………」
「……えっと…………」
「……………こりゃ重症だな」
久々に死ぬ気弾でも撃ってやろうか。冗談混じりに続けられたそんな言葉に頷きそうになって、ぎりぎり思い留まる。
彼女の存在が気になりだしたのは随分前だ。もしかしたら少し、好きになっていたこともあったかもしれない。
ただ、気付いてしまえば、その感情と“しなければならないこと”との狭間で自分が苦しむと分かっていた、から―――
だからこそ蓋をして気づかない振りをした。それなのに、向けられる好意を拒絶することさえしなかった。
最低の男だったのは、言われなくても分かっている。今でもそれは変わらない。
……だが今日自覚し、衝撃を受けたのはそんな事じゃない。
自分の望みが分かったのだ。痛いほどに、理解した。ハルに好きだと言われなくなったと気づいたときにはもう。
結局のところ、その事実にショックを受けたということが全てだった。
―――――“ハルにも、『沢田綱吉』を好きでいてほしい”のだ、と。ただ単にそういうこと。
誰かを好きになったら、その誰かに自分を好きになってほしいと思うのはごく自然な感情だろう。
もし………もう、既にハルの気持ちが綱吉に向いていなければ、その望みは叶わない。
そもそもあの時目を背けなければ、まだ何かが違っていたかもしれないのに。気付いたときにはもう遅い。
(でもあの時は俺も余裕なかったし―――……第一、昨日ハルがあんな服さえ着てこなきゃ……)
このまま気付かず時を過ごせていたかもしれないのに。
駄目だ駄目だと思いつつも責任転嫁し始める自分を止められない。言い訳ばかりが頭を巡り、綱吉はふと目を閉じた。
暗闇の中。そこに降る声は、なんだろう、いつもより増して優しいような気がした。
「ツナ。お前は、ハルが好きだって認めるんだな?」
頭の中で、なにかがぱしんと音を立てて弾ける。好き。好き、……好き?
「……え」
「おい待て」
「そこでどもるなんてホントいい性格してるのね、あなた」
「え、いや、そそそんなつもりじゃ」
ビアンキが綱吉の皿に残ったパイナップルに手を伸ばすような仕草をした為、慌てて首を振って否定する。
しかし本当にそんなつもりではなかった。ただ、面と向かってしかも単刀直入に問われると、戸惑ってしまうだけ。
認めるしかできない所まで追い詰められてしまったのはごく最近だから、尚更―――。
「………うん。好き、だよ」
「……………。そうか」
「だけどリボーン、俺、もう遅すぎるんじゃ」
「ああそうだな、今更すぎるかもな」
「当然だわ。今まで散々無視してきたんだもの」
「な……っ!ちょ、俺、真剣に話してるんだけど?!」
いきなり勢いを取り戻した二人の攻撃に負けそうになりながら、なんとか反論する。
と、彼らは顔を見合わせてにやりと笑った。
そしてその表情に似合わない深い色を宿した声が、ビアンキの唇から低くゆっくりと零れだした。
「―――ハルを泣かせた罰よ」
これといった心当たりはないのに、なぜか酷く胸が痛んだ。