その想いの行き着く先へ



果たして、足掻くことに意味があるのかどうか。 ...08

夢を見ていた。これは夢だと分かっていた。ひらひらと目の前で舞う布は、見覚えのある色をしている。
それはやがて人の形を取って、音もなく一人の少女に変わった。彼女はこちらを見て嬉しそうに微笑んだ。

綺麗なワンピースを着たハルが、明るい笑顔と、元気一杯の声で――――『ツナさん、大好きです!



(…………っ…!)
瞬間。がつんと、綱吉の後頭部に何か物凄い衝撃が襲った。

 

 

 

 

 
授業中に醜態を晒して、皆に冷やかされつつ帰った家には見事に誰もいなかった。
母さんは『古い友人とお茶してくるわ。ご飯は作っておいたからね』との書置きを残して出かけていたし
ランボとイーピンは了平の道場に遊びに行く日で、ビアンキとリボーンは…………もう理由さえ分からない。

しんとした家でひとりきり。となると、否が応でも自分の気持ちに向き合わざるを得なかった。
(最近やけに、気にはなってたんだよな……ハルのこと)
よくよく思い返してみれば、それは修行中に差し入れを持って来てくれたときから、のような気がする。
危険がデンジャラスです!と言って綱吉を捕獲していた頃とは明らかに違う。彼女なりに折り合いをつけたのだろう。
まあだからと言ってハルの突飛さが変わる訳もなく、騒がしい日々を送っていた。……はずだった。

自分はなぜ、あの日、手芸店にいたハルを見て足を止めたのだろう。それだけでなく、声まで掛けた。

(そりゃ知り合いが居たら普通、急いでもない限りちょっとは……。………)
そうではないことを、綱吉自身が一番良く知っている。両手には重い荷物を持ち、喉だって渇いていた。
何より真剣に何かを選ぶハルの邪魔をしてまで声を掛けようと思ったのは―――隣の店員の存在が大きかったからだ。
親しげに話をする二人をみて、嫌な気分になった。それは苛立ちにも似ていて。

 

「―――っ、分かってたよ!そんなこと最初から分かってた、……でも」


 
でも、その気持ちはまだ引き返せると思っていた。気付こうとしなければ。芽吹かせようとしなければ。
この身に流れるボンゴレの血は、未来を確実に狭めている。今現在この瞬間だって何が起こるかわからない。
周囲にはマフィアは嫌だと言い続けているけれど、本当はイタリアへ行く覚悟は半分以上できている。
最初はゼロだったことを考えれば格段の進歩だろう。とにかく……やらなければならないと、思っているのだ。

だからこそ蓋をした。この心がほんの少しでも動きそうになった、あの時に。
今までやってこれたんだから、これからだって出来ないはずはない。そう心から信じていたのに。

(…………ハルが、悪いんだ)

学生鞄を投げ出して、綱吉はソファに横たわる。ハルが悪い。ハルが―――あんな格好をしてくるから。
雰囲気ががらりと変わるワンピースと、甘い香り。そしてあの薄い青色をしたリボン。
まるで止めを刺されたようだった。目を背けるなと、逃げるなと、そう言われた気がした。

(ぜんぶ、ハルが………………悪い)

疲れていたのだろうか、目を閉じるとすぐに暗闇が迫ってきた。


 

 

 

 

 

 

「――――あらごめんなさい、手が滑ったわ」

 

激痛で目の前がチカチカする。そこに棒読みのビアンキの声が降ってきて、更に混乱を煽られた。
一体何が。霞む視界の中で、なんとか床に落ちたパイナップルを捉える。まさかあれが当たったというのか?
それにしては結構なスピードが出ていたような。しかも直撃したのは後頭部である。角度的にそれはちょっと―――

 

「本当に悪気はなかったのよ。ええ本当に。ごめんなさいね」
「………あ、あの、なんか、ゴメンナサイ」
「あらどうしてあなたが謝るの?事故、とはいえ、ぶつけてしまったのは私なんだから」

 

いやまず何よりもその棒読みの台詞が怖いんですが。……明らかに殺気が見え隠れしてますがっ!
抗議の声はもちろん音になることなく消えていったものの、こんな仕打ちを受ける理由が見当たらない。
寝ている所を叩き起こされた、という困惑も相まってビアンキに圧されていると、別の場所から溜息が聞こえた。

 

「このニブツナが。こんなザマじゃ十代目失格だぞ」
「もし私が殺し屋だったら、今頃生きていないわね」
「ビアンキは元々殺し屋だろ!つーか、パイナップルで命の危機なんか分かんないよ!」
「まあ……それはおかしいわ。ちゃんと殺気は込めたのに」
「殺す気?!ちょっ、殺す気だったの?!」
「全く駄目駄目だな。修行のやり直しでもするか?」

 

二人がかりでちくちく責められているように思うのは気のせいだろうか。確かめるような怖いことはしないが。
やがて小言にすら飽きたのか、ビアンキが床に転がったパイナップルを回収する。―――と。

さっきから胸の中で引っ掛かっていたことが、ぱっと突然閃いた。綱吉は形振り構わず、リボーンに駆け寄った。

 

「っ、そうだリボーン、どうしよう!俺重大なことに気が付いたんだけど!」
「……今度は何だ、また恋わずらいか?」
「悩むのも大概にしないと、今度はドリアンにするわよ」
「じゃなくて!いやそうなんだけど厳密に言えばそうじゃないっていうか!」

 

ビアンキの皮肉も、後頭部の痛みも、何もかもが頭から消え去る。思うのはただひとつの事実。
不審そうに綱吉を見守る二人に、寝惚けた思考を叱咤しつつ、絶叫に近い声で訴えかけた。

 

「ハル―――ハルに、俺、最近好きだって言われなくなってる!」

 

―――夢の中で感じた僅かな懐かしさは、それが原因だったんだ。