その想いの行き着く先へ



どうか、この手を掴んで。...15

綱吉は困っていた。非常に困っていた。困るを通り越して泣きそうになるくらい、とにかく困っていた。
目の前のベッドでへたり込み本当に辛そうに涙を流すハルの姿は想定外のもので、なぜこうなったのかが分からない。


時間は少し前に遡る。手のひらから滲み出る邪な何かを感じ取ったのか、眠っていたハルは突然目を覚ました。
直前に気付いたから良かったようなものの、勝手に触れていたものだからつい言い訳が口をついて出る。
それを聞いているのかいないのか―――。呆然と目を見開いた彼女は、そのままばったり倒れてしまったのだ。
まあ綱吉がただ慌てているうちに意識を取り戻したため、特に重大な問題になることはなかったのだが………

今ではもう、そんなことすら気にならない状態まで綱吉は追い込まれていた。あと一歩下がれば崖から真っ逆さまの。

(待ってください、って、……そんな悲壮な顔で言わなくても!)
ハルが起きてから。世間話をするという余裕もなくて、不自然だと思いつつ綱吉は直ぐ本題に入った。
一度振られたって絶対諦めない。そう思ってはいても実際振られたらと想像しただけで、胃のあたりがきりきりする。
―――最初が肝心だと心に決めて、迅速に事を運んだのが悪かったのだろうか。

大事な話がある、と言った途端に彼女は、明らかに絶望の光を浮かべたのだ。聞きたくないとその瞳が叫んでいた。
まるで、今から言われることが何なのかを知っているかのように―――。


そこで綱吉は屋上での家庭教師の不審な態度を思い出した。なまはげのことと言い、全てが用意周到すぎる。
(あ、あいつが何か吹きこんだんじゃ……!)
頼むから間違いであってくれと願いつつ恐る恐る問いかけてみると、なんと肯定されてしまった。


どうしよう。どうすれば。こちらの言いたいことが既に知られていて尚且つこの反応って、最悪すぎないか?!
まさかもう他に好きな人が出来たりして、もしかしてもう付き合ってたりするんじゃ――――

巡る思考は更に深みにはまり、玉砕の二文字が目の前に現れた。どこかでリボーンの爽やかな笑い声がする。



「……その、ハル。俺はただ……」
「…………っ………」



ここで逃げたら多分一生言えなくなる。そんな予感だけを支えに、今綱吉はこの部屋に留まり続けていた。
そしてなんとかこの状況を打開しようと口を開くも、直後にびくりと肩を震わせるハルの姿に言葉を失う。
泣かせたいわけじゃないのに。傷つけたくないのに。己の一挙一動が彼女を苦しめている。
迷惑だと、……いや、彼女は心底相手を思いやるから、そう感じることさえ自分に許しはしないだろう。

沈黙が続く空間。だがしばらくすると―――ほんの微かに息を呑む音が、して。



「………………ツナさん、は、」



小さく小さく呟かれた言葉に、綱吉は全神経を傾けた。それがどんな内容であろうとも一言も聞き逃すまい、と。












別れを告げられる前に言ってしまおう。ハルはそう決めて、渇いた喉から掠れた声を絞り出した。
ひとつの単語が出てしまえばもう止まらない。気付けば口早に、畳みかけるように、言葉を紡ぎだしていた。



「ツナさん、は、イタリアに行っちゃうんですよね」



一度だけ目を閉じて―――思い出す。ほんの少し前までは、決して伝えようとは思わなかった想いについて。

ビアンキは、いつだってハルの味方になってくれた。時には叱咤されることもあったが、その瞳は優しかった。
彼女が行きなさい、と言ってくれたのが大きかった。そしてあの情報を教えてくれたことがきっかけだったと後で思う。

綱吉の言葉を反射的に止めてしまってから、ハルは色んなことを考えていた。
告白しようとしているからだろうか、以前別の学校の男子から告白されたことも思い出した。
もちろんその時ハルは綱吉に出会ってしまっていたので、好きな人がいると断ったけれど―――。



「ツナさんは、マフィアになっちゃうんですよね。でもって外国に行ったら沢山の人と会って、話して、」



いつか終わると思いながらも、そのいつかはまだ来ないのだと安心して日々を生きていたと思う。愚直な思考。
その予想が覆ったときに、慌てて自分自身が傷つかない道を選ぼうとした。でもそれはきっと間違い。間違って、いる。
確かに、ずっと想い続けてきた心を否定されるのは悲しいし、辛い。だけどそれは綱吉にとっても同じだと気付いた。

断るほうが傷つかないなんてことは、ないんだから。―――それをハル自身、痛いほどに知っているのだから。



「きっと毎日忙しくて、それで数年もしたらきっと……ここは遠い国になっちゃってて」
「……ハ、ル………?」
「……色んなこと、忘れていくのは、仕方がないと思ってます」



そう言いながら頬に流れた涙の痕を拭う。自分が可哀想で流した涙など、もう二度と必要ない。

あんなにも焦がれた気持ちは今も確かにここにある。形を変えただけで、……その色を濃くしただけで。
ベッドの上で座り直してから顔を上げ、しっかり綱吉と視線を合わせた。自分が最後まで逃げることのないように。



「ツナさんはハルの事なんか何とも思ってないかもしれませんけど―――」



心の中には醜い感情だってある。でも今は、嫉妬も、羨望も全て昇華して、強く純粋な想いだけを伝える。
そしてただ、覚えていて欲しいと思った。この国に、この町に、あなたに恋をした誰かがいたことを。

大丈夫。今なら言える。大丈夫。いつのまにか凍りついて深く沈んでしまっていた、あの言葉。



「でもツナさんのこと、好きなんです!」
「え、いや、好きなんだけど。」



見事に重なる声。
お互い、相手の言葉の意味を理解するのに、しばし掛かった。



「……………へっ?」
「……………はひ?」



その後またもや重なった二人の声は疑問に満ちていて、やがて先ほどとは違う静寂を部屋にもたらした。