その想いの行き着く先へ



その想いの行き着く先へ ...16

『ツナさんはハルの事なんか何とも思ってないかもしれませんけど―――』

(違う。違うって、好きに決まってるじゃないか―――)
反射的に、本音を漏らしていた。考えることすらせず、ただ、“何とも思ってない”という部分だけに反応して。
そんな筈ないだろ!と脳の無意識的な何かが叫んでいた。悩みに悩んで出した大切な答えだったからかもしれない。

とにかく綱吉はある意味告白の言葉を紡いでしまった。声に出して、当の本人であるハルに届けてしまったのだ。
普通なら慌ててパニックになるところだったが、しかし今はそれどころではなくて。

今、ハルは何と言った?好きなんです、と言わなかったか。真剣な顔で、………綱吉、のこと、を?
これは夢だろうか。ビアンキだけでなくリボーンにさえ、手遅れかもなと鼻で笑われたというのに。
『ツナさんのこと、好きなんです!』ぐるぐると同じ言葉が頭を巡る。頬を抓る余裕もなかった。

ああしかもそれだけじゃない。それはそれで重大事件だが、それ以上に、綱吉の脳裏に強く焼き付いているその姿。
好きだ、と。同時に綱吉が言い、少し経ってから彼女が意味を理解したその瞬間。


ハルは頬を―――真っ赤に染め上げたのだ。見間違えようもなく。願望がそう見せたのではなどとは思えないほど。



「………ハル!」
「はひっ!?」



我に返ったときには彼女の両肩をがっしりと掴んでいた。………抑えきれない期待をその胸に秘めて。
そして今このチャンスを逃すものかとばかりにハルの視線を捕らえ、綱吉は幾分必死さを滲ませ言葉を紡ぐ。



「ごめんいきなり叫んで。でも聞いて欲しいんだ」
「……は、で、でも今……いま何てっ」
「その話はもうちょっと後で!あ、いや、冗談とか嘘の類じゃないからそれだけは信じて―――」



まず話を聞いて貰わなければ何も変わらないと、揺らいだ隙を突いた。今だけは流されて欲しいと思いながら。
焦るな。頭の中で声がする。焦ったら駄目だ。ひとつずつゆっくりと。驚かせて逃げられないように。

どこか冷静な自分は、ハルが『イタリア』という単語に拘っていることに気付いていた。
言葉の端々から感じ取れるひとつの畏れ。“置いていかれる”?そのつもりなんか更々ないのに。
いや、この先も自分の気持ちを認められないままだったら、確かに置いて行ったかもしれないとも思う。

だが今はもう違うのだ。そんなこと耐えられない。耐えたくもない。
会いたくても会えない場所で、他の誰かと幸せになるハルなんて―――正直、想像するだけで吐き気がした。


だからまずそれを伝えようと、綱吉は慎重に言葉を選びながら話を進める。進めようと、した。



「確かに俺は、………いつかイタリアに行くってことはもう、ほぼ本決まりだと思ってる」
「……え?あの、すぐに出発しちゃうんじゃないんですか……?」
「へ?…なにが?」



しかし予想外のところで反論が来て思わず黙り込んだ。素っ頓狂な声が喉から漏れる。



「近い内にツナさんはイタリアに行く、って……その、先代っていう人が倒れたからって、ビアンキさんが」
「九代目が?!っ、まさか―――」
「もう日付も決まったっていうから……ハルは、ハルは……!」



突然すぎて、どうしていいか分からなくて。彼女は震える声でそう何度も繰り返す。

ボンゴレを根底から揺るがす、九代目に関する重大なこと。流石のビアンキでも軽々しくそんな嘘は言わないだろう。
高齢な九代目、いつ何があってもとは、リボーンから散々聞かされたことなので思ったより衝撃は少なかった。
ただ、ボンゴレのトップが倒れたにしてはやけに静かすぎる。綱吉自身、何も感じなかったことがいい証拠だ。
多分――己の超直感に従うとするなら、即座に九代目の命が危ないというわけではないのかもしれない。

行かなければならないにしても今日明日のことではなくて、少し大げさに言っているだけのような。
綱吉は溜息を吐き、気を取り直してハルに向き直る。多分そこまで深刻ではない予感がした。




ハルの家に居ると知るリボーン達がそのことで乗り込んでこない以上、こちらの方が最優先だ。
イタリア、………マフィア。目を背けようとして出来なかった事実が、目前に転がり込んできている。

ああ、でも。今すぐイタリアに行かなければならないという事実を聞かされても――――尚。

ハルをイタリアに連れて行きたいという思いは変わらないことに気付いてしまった。
彼女を他の男に取られることを思えば。もう二度と笑いかけてくれなくなることを思えば。
もちろん毎日“失う”恐怖と闘っていかなければならないことは、先の戦いで思い知らされた。


ああ、でも。それでも。譲れないものは、あるんだ。



「俺が、守るから。何があっても」
「――――っ――」
「そりゃ、実力はまだまだだろうけどさ。修行もちゃんと続けるし、……絶対、ハルを守る」
「………。ツナさんは、本当に………」



強くなっちゃったんですね、とハルは呟いた。怖いと思う自分が少し情けないです、とも。
戸惑ったように瞳を揺らし俯く彼女を見て―――やっぱり好きだと改めて思う。強く、深く。
そうやって“怖い”ことを素直に“怖い”と思い、言えるのも、強さのひとつに相違ない。
間違っていることを、そうと指摘する勇気もまた。ハルは決して強いわけではないけれども。

可能だろうが不可能だろうが、そんなことも関係なく。
その恐怖を乗り越えようと努力しているからこそ輝く瞳が、綱吉を捕らえて離さないのだ。



「そんなことないって。俺だって怖いよ」
「ツナさん、も?」
「ああ。怖くて怖くて……どうにかなりそうだ」



(でも二人でいれば、なんとかやっていけそうな気がするんだよな。……勘だけどさ)
男らしくないとも思われそうな台詞もするりと口をついて出た。今更格好つけなくても構わない、とさえ思える。
綱吉は半ば懇願するような気持で、肩を掴む力を強め―――その一言に全ての想いを託した。



「好きだよ、………ハル」





(だからどうか、この手を取って。そしてこれからを一緒に生きよう)
(ここではない遠い異国の地で――――いつかこの命が終わるときが訪れても。)













その数秒後。

極々小さな声で応えたハルをいきなり抱き締めた綱吉が「アウトロー!」と叫ばれつつ殴られるのは―――
――――この先皆がちょくちょく目にすることになる光景、だったりする。