一夜明けた月曜日。晴れ。
普段通りリボーンに殺されそうになりながら起き、着替え、朝食をとってから家を出る。
「おはようございます、十代目!」
「はよ、ツナ。昨日はかなり楽しかったよな!」
「何が楽しかっただ、結局散々暴れてただけじゃねーか!」
「んー?でもさ。真っ先に手出したのお前じゃなかったっけ」
「うるせえ。あれは雲雀の奴が生意気な口を叩くからだっ」
「ま、まあまあ二人とも。誰にも怪我がなくて良かったよ、本当に」
通学途中で二人と合流し、慣れた同じ道を通って並森中学校へと向かう。吹く風も、陽だまりも同じ。
いつも通りの朝だった――――自分の中の気持ちが確実にその色を変えたことを除けば。
勢いあまってリボーンに抱きついた為に、銃かなにかでしこたま殴られて気絶してしまった後。
意識を取り戻した綱吉は、もう一度最初から考えてみることにした。彼女を……どう思っているのか、を。
どうなりたいのか。どうしたいのか。どうしてほしいのか。考えることは色々あった。
「……………。……つまり、恋だな」
「そんなあっさり結論を出すなぁ!俺がこうやって悩んでるの見てるだろ!」
「知るかんなもん。答えが分かりきってるのにいつまでもうじうじ悩むな」
「だ、だからって、ハルだよ?!いきなり恋とか思えるわけないし……」
「で?いつまで逃げる気だ。認めたくなきゃそれでもいいがな、俺は」
「…う……」
ぐさり、と。リボーンのあっさりした言葉は、そのあっさりさに反比例するかの如き強い力で刺さる。
シンプルゆえに言わんとしていることがはっきりと伝わり、綱吉は反論すら出来ずに黙り込んだ。
本当に最初は気になる、程度の存在だったんだ。その突拍子もない発想にとんでもない迷惑を掛けられたりもした。
なのに、いつからだろう?とそんなことを呟けば、『意味のないことを考えるな』と怒られ。
俺は本当にハルが好きなのかな。と小さく零すと、今度は無言で殴られた。確かに今のは悪かったかもしれない。
でも少しだけ疑問に思う自分がいるのも確かだった。出会ってから随分経つ。それが―――今になってなぜ?と。
綱吉が真剣にそう訴えると、リボーンはふと考え込むような素振りをみせた。そこに揶揄うような色は、ない。
自分のある意味頼もしい家庭教師、とはいえ何を真面目に恋愛相談しているのかと思わないでもなかったが。
(このままじゃ、……いられないんだ。きっと)
そんな予感と共に、彼の言葉を待つ。すると――――返されたのは、たったひとこと、だけ。
「“だったら自分で確かめてみろ”、か。……どうやってだよ」
数学の退屈な授業を聞きながら、綱吉はぼそりと口の中で呟いた。あれのどこがアドバイスなんだ?
確かめるといっても何をどうやるのかさえ分からない。……会うだけなら、多分いつでもできるだろうけど。
――――とにかく俺がハルを好きかどうか、なんだよな。
昨日湧き上がったあの感情は仲間へのそれではありえないと思う。でも。だからって……
(好きって、つまりは付き合いたいってことだから……デートとか)
デート。ハルと?その単語でぱっと浮かんだのは、チビ達と一緒に買い物に行ったときのことだった。
あの時は偶然ハルも暇でついてきて、まるでデートみたいですね!と笑って言ったのを思い出す。
手も繋いでないそれがデート、だって?それにそもそも二人きりじゃないと意味ないじゃない…か……
「って!違うだろ!!」
「―――ふむ。何が違うのか言ってみなさい、沢田君」
「…………へっ?」
気がつけば心の叫びが口から洩れており、綱吉は全クラスメイトに思いっ切り注目されていた。無論教師にもだ。
へらりと笑って、何でもありません……と小さくなるばかりの身体に、獄寺と山本の心配そうな視線が突き刺さる。
本気で自分の状況を忘れていた。何もかも抜け落ちて、ただハルのことを考えていた。
(うあああ馬鹿だ俺…!穴があったら入りたい……!)
幸いなのは意味を悟られるだろう言葉を叫ばなかったこと。デート云々を聞かれていたら、今すぐ死ねる。
「まあ、いいでしょう。授業中はきちんと集中するように」
「はい…すみませんでした……」
含み笑いがあちこちから聞こえる。でも、嘲りではない。ダメツナだと呼ばれること自体は少なくなった。
リボーンがやって来てから目まぐるしく全てが変わっていったし、色んな人と出会えたのは喜ぶべきことだろう。
(でもそれが、なんで今になってまた変わるんだろう)
椅子に座り直して教科書を見るふりをしながら、綱吉はどうすれば自分の気持ちを確かめられるのかを考える。
ただこうやって思考を巡らせても答えは出ない。同じところをぐるぐると回るだけだ。
それに考え抜いて出した答えなんて、リボーンの言う通り『意味のないこと』に過ぎないのかもしれない。
だって、あの時の気持ちは理屈じゃ語れない。漠然と思っただけ。たぶん、理由だってなかった。
(……リボーンに、もう一回聞いてみようかな)
あいつと話していると少しだけ落ち着ける気がした。一度だって笑い飛ばさずに聞いてくれたから。
「十代目!?どこかお加減でも悪いんですか!」
「なんか悩みでもあるのか?……何かあったら絶対言えよな」
「あはは…あ、ありがとう。二人とも……」
授業が終わると直ぐ、獄寺と山本が飛んできて声を掛けてくれる。それは確かに嬉しい。
ただ、内容が恥ずかしすぎて皆には言えないのが―――唯一の難点だった。