その気持ちが恋だと知るのは、多分きっと、当然のことだったんだろう。 柔らかな風が吹き始めて、少しずつ春の訪れを知り始める。 ハルが毎日俺の家にきていて。 そうして、毎日俺はハルにイタリアに行くことが言えなくて。 毎日リボーンには冷たい視線をいただいて。 いや、だって仕方がないじゃん。 好きな子にさ、好きでいてくれる子にさ、イタリアに行くなんて、中々言えることじゃないと思う。 「ったく、ダメツナめ」 ちっと、小さな家庭教師は教え子の逃げる後ろ姿を見ながら、小さく舌打ちをする。 それに苦笑するのは愛人であるビアンキで、彼女の伸ばす手に抗うことなく抱きあげられる。 「ふふ、大変ね?家庭教師は」 「そう思うならもう少し協力してほしいところだぞ」 うふふ、と軽やかに笑ってごまかす彼女は、綱吉の前とリボーンの前では態度が格段に異なる。 柔らかな笑みはどこかリボーンの苦労さえ楽しんでいるかのようだ。 「私がその役目を取っちゃいけないでしょう?リボーン」 「・・・」 くすくすと笑う彼女に何ともやられた気持ちになって、ぽすりと身体を彼女へと預ける。 多分きっと、男は一生女には叶わない気がする。 「それにしても、やっとツナはハルを好きになったのね」 「・・・今更、にもほどがあるぞ」 はぁ、と溜息を吐く。 本当に今更だ。 何で今頃になって、という気持ちもある。 無自覚に綱吉がハルを好きだということは知っていたが、それを自覚する前にイタリアに行ければ、と思っていた。 まぁ、それは無理だろうとは思っていたが。 だけれど、無自覚だったころは、無自覚とは言え、イタリア行きがいつまでたっても言えないほどに酷いとは思ってもみなかった。 ・・・言わない方が、ハルにとって酷いことになるだろうに。 「それでも、恋は必要なことよ?リボーン」 「・・・恋に縛られすぎて、大変なことにならなきゃいいけどな」 窘めるようなビアンキの言葉に、リボーンは帽子を深くかぶって溜息をついた。 あの明るい彼女の笑みを絶やしたくないという気持ちが、綱吉の口を鈍らせているのだろうけど。 「さっさと言ってやらねぇと、もっとひでぇことになるぞ」 最後の最後にハルの笑顔を見ていたいと望むならば。 「・・・はぁ・・・。わかってんだけどさぁ・・・」 随分と春らしい陽気になってきた空を見上げながら、溜息をつく。 日に日に、ハルに言ったのかという確認が増えてきたリボーンから逃げだしてきて、近くを散歩する。 言わなくちゃいけない、というのは分かるのだけれど、それよりも、この気持ちを伝えたいという気持ちがあふれてきて、それを抑える方が大変だから。 この気持ちを伝えた方が、それこそ・・・駄目なのはわかってる。 イタリアには連れていけない。 その気持ちは、リボーンと一緒だし、ハルを好きだって自覚した時もずっと変わってない。 ハルの安全を考えれば、イタリアに連れていくことなんてできない。 だから、おいていくしかないんだ。 (でも、だから・・・だから、こそ) 「はひ?ツナさん!?」 「へ?・・・あれ?ハル?」 道の向こうにぶんぶんと手を振りながら走ってくる人影が見えて、その人物にきょとんと眼を開く。 そこには買い物をしていたのか袋を手に持つハルがいて。 「はひ!今日はラッキーデーです!大好きなツナさんにおうちに行く前に逢えるなんて!」 キラキラと顔を輝かせ満面の笑みを浮かべるハルは、やっぱり今日も来るつもりだったらしい。 それより前に逢えたことが嬉しくて仕方がないのか、さらりと告げられる言葉に、綱吉は苦笑を浮かべる。 「ハルは買い物?」 「はひ!そうなんです!もうすぐ、バレ・・・はひっ!な、何でもないです!」 ばっと顔を真っ赤に染めたハルのその、バレ、の続きはまぁ・・・時期的にすぐ分かる。 けど、分からないフリをしておくっていうのが、マナーなので追及はしないでおく。 「じゃあ、もうこのまま俺んちくる?」 「あ、いいえ。ちょっと荷物置いてからきますね!」 がさり、と袋を持ち上げて荷物、を主張するハルの笑顔に愛しさがこみ上げる。 やっぱり、おいていくしかないことは分かってる。 イタリアに、ハルを連れていくことはできない。 でも、だけど、だからこそ。 今だけは、その笑顔を見ていたいんだ。 曇ることのない、その笑顔を心に焼きつけていたい。 「じゃあ、俺もついてくよ。暇でブラブラしてたし」 「はひ!じゃあ行きましょう!」 にっこりと笑って腕に抱きつくハルを苦笑で受け止めながら、ゆっくりとまだ寒さを残しながらも春を感じさせる気温の中歩き出す。 尽きることのない話をしながら笑顔で俺を見上げるハルに、俺も笑顔を返して。 今だけ、今だけは。 この笑顔を見ていたい。 そう、強く思った。 |